artscapeレビュー

エッセンシャル・キリング

2012年02月01日号

会期:2011/12/24~2011/12/25

新文芸座[東京都]

イエジー・スコリモフスキ監督作品。ヴィンセント・ギャロ演じるイスラム兵が米軍に捕捉され、収容所で虐待されるも、移送中の車両事故を機に逃走。厳冬期の山中をただひとり遁走する模様を描き出す。追跡の手から逃れて雪原を走りぬける男が体現しているのは、人間の野性。米兵から車や衣料、武器を奪い、木の実や皮、蟻まで喰らい、はては赤ん坊を抱えた女の母乳を吸い取るなど、生き延びるために男は内側に秘めていた野性を徐々に覚醒させていく。その無言の行動が動物と近しいことはたしかだが、男は殺害を逡巡したり人間ならではの知恵を働かせていることから、人間の野性は必ずしも「野蛮」を意味するわけではなく、生物としての生存欲求を最大限に追求する身ぶりと知性を表わしている。それゆえ、私たちは男の「生きる」身ぶり、いや「生きよう」ともがき苦しむさまに眼を奪われるのだ。生きることに四苦八苦する人間のありようを、これほどまでに強く、明快に、しかも単純に見せる映画をほかに知らない。人間の温かさに触れることで、呼び覚まされた野性がたちまち力を失ってしまうラストシーンも、残酷なまでに美しい。

2011/12/25(日)(福住廉)

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