artscapeレビュー
グラフィックトライアル2012──おいしい印刷
2012年09月01日号
会期:2012/06/01~2012/08/26
印刷博物館P&Pギャラリー[東京都]
現在私たちが目にする印刷物の大部分に用いられているオフセット印刷。その技法には長年の経験が蓄積されており、通常の印刷物であれば、ほぼ安定した結果が得られる。しかし、安定した技術であってもいつもと少し違う使い方をすると、そこに新たな表現の可能性が生まれる。そうした新しい表現の可能性にデザイナーと印刷技術者(プリンティング・ディレクター)がペアとなって挑戦するのが凸版印刷の「グラフィックトライアル」である。今年は勝井三雄とAR三兄弟、森本千絵、三星安澄、竹内清高らのデザイナーが参加。勝井三雄は朝焼けや夕焼けのような理想的な階調を持つグラデーションの再現に挑戦し、それをAR三兄弟が視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚の五感で味わうポスターに仕上げている。パズルのピースを動かすと音が出たり、ポスターに埋め込まれたモニターの映像が変化したりする仕掛けである。森本千絵のトライアルはコラージュ作品の印刷による再現。4色のインクを用いた通常のカラー印刷では、紙の質感、絵の具の透明感や厚みを表現することは難しい。印刷用紙を変えたり、インクを重ね刷りすることで、触りたくなるような質感豊かな印刷物を作りあげている。パッケージデザインをフィールドとする竹内清高は、チョコレートを題材に、おいしさが感じられる写真の再現に挑戦。商品写真の背景に蛍光色や金・銀インクを、料理の「隠し味」のように用いることで、よりおいしそうな表現ができるというのは興味深い。三星安澄のトライアルはモアレ。オフセット印刷では濃淡を表現するために小さな網点を用いるが、色版の角度の組み合わせによってはモアレと呼ばれる干渉縞が生じてしまう。これは印刷トラブルの一種であり通常は避けるべき現象なので、モアレを生じさせるためのノウハウはない。そこで網点の形状やサイズ、角度を変えた組み合わせを試みることで、表現として成立するモアレを探るのである。きちんとコントロールされれば、モアレも美しい表現となりうる。ほかのトライアルが「印刷による再現性」に重点をおいているなか、印刷技術の可能性を引き出したという点で、今回もっとも意外性があったのがこのトライアルであった。[新川徳彦]
2012/08/23(木)(SYNK)