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artscapeレビュー

山下陽光:アトム書房トークイベント

2012年09月01日号

会期:2012/08/20

素人の乱12号店[東京都]

山下陽光が最近熱心に調査している「アトム書房」とは、終戦直後から広島の原爆ドーム前で開かれた古書店。古書のほか、原爆で破壊された家屋の瓦礫や熱で曲げられた瓶などを販売していたらしい。
興味深いのは、「Book seller Atom」という看板を掲げていたように、おもな顧客として進駐軍を想定していたことだ。山下によれば、「アトム書房」の背景には、原爆を投下したアメリカ軍の軍人たちに、当の原爆によって破壊されたモノを、原爆による全壊から辛うじて免れた原爆ドームの目前で売りつける、「ゲス」な根性があったという。
落とされた「原爆」を、「Atom」として打ち返す、明確な反逆精神。こうした美しくも、たくましい活動は、広島が平和都市として整備されていくなかで、そして原子力エネルギーの平和利用という政策のなかで歴史の底に隠されていき、やがて見えなくなってしまった。
それを、アマチュアの探究心によって丹念に掘り起こした山下の取り組みは、最大限に評価されるべきである。なぜなら、どんな専門家も、山下の調査に匹敵する業績を残すことができていないからであり、山下が素早く動かなければ、(佐藤修悦がそうだったように)私たちは「アトム書房」という存在にすら気がつかなかったからだ。
山下と、彼とともに調査しているダダオのトークを聞いていると、2人の突撃的調査によって、プロとアマを問わず、さまざまな関係者が彼らの繰り出す渦巻きに徐々に巻き込まれていき、それまで見えなかった歴史の痕跡や、無関係だと思われていた関係性が、鮮やかに浮き彫りにされていく様子が伝わってくる。その過程がなんともおもしろい。
しかも、それはたんに知られざる歴史の発掘という次元にとどまるわけではなく、そこには今日的なアクチュアリティーがたしかにある。原発の甚大な被害に苛まれている現在、「アトム書房」という実践は、被災者の支援活動や脱原発デモという水準とは別に、私たちがいまやらなければならないことを、歴史の奥底から示しているからだ。
この在野の研究は、おそらく今後も継続されるだろうし、今以上に広範囲の人びとを巻き込んだ集団的な研究になることも予想される。それをまとめる著作なり映画なり展覧会なり、いずれかのメディアを用意するのが、専門家の仕事だろう。

2012/08/20(月)(福住廉)

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