artscapeレビュー
遊ぶ椅子・考える椅子・働く椅子
2012年09月01日号
会期:2012/08/01~2012/08/19
ウラン堂 ギャラリー デ・カタチノ[兵庫県]
阪急甲陽線・苦楽園口駅近くに今秋開店予定の「オールド&ニューブックス ウラン堂」は、洒落たブティックやレストランが立ち並ぶ街並みで波型パネルのファサードがひときわモダンな香りを放っている。箱状の建物の扉をあけると、吹き抜けのスペースに大きな木のテーブルが置かれたカフェがあり、横にある階段を上った奥にはギャラリー・スペースがある。書店としての営業開始は9月以降とのことだが、6月からプレ・オープン企画としてさまざまな展覧会が開催されている。展示されるのは、ウラン堂のオーナー、リトウリンダ氏が応援するクリエイターたちの作品。グラフィック・デザイナー、アート・ディレクターとして活動するリトウ氏は、関西のクリエイターたちの出会いの場を提供したいとの思いから、書店でありカフェでありギャラリーでもあるこの「箱」を立ち上げた。
今回紹介するのは、オープニング企画展Vol.3として開催された、関西の建築家、デザイナー、アーティストら7組による椅子の展示である。作家たちは各々、異なる経歴を持ち、年齢層も20代から60代までとじつに幅広い。展示された椅子はいずれも、各作家が心の襞のどこかに忍ばせておいた小さな願望のようなものがかたちになったかのようだ。
西良顕行のハイバック・チェアは、フレームの一部がサルスベリの木へと変容し、枝のあいだには鳥の巣箱もある。座が宙づりとなった合板の肘掛椅子は、建築家の藤井学がマルセル・ブロイヤーの「ヴァシリー・チェア」の合板への翻案を試みたもの。どちらの発想も、「コンセプト」という大仰な言葉よりは、「ちょっとやってみたかったこと」という形容がしっくりくる。クリエイターというのは、この「ちょっとやってみたかったこと」の繰り返しのなかに己の思想やアプローチを見出すのだと思うが、なかなかそれを実践する機会は得られない。そういう意味では、今回は、作家たちの自由な心が引き出された稀有な機会といえるのでは。出品作家が各々、自薦本を1冊展示するという本展のユニークな試みもそれを後押ししたかもしれない。
ゆったりと時間が流れるような空間では、訪れた客が注文したコーヒーを待ちつつ、階段を上って本や展示物を鑑賞する光景がみられた。今後、ウラン堂では、グラフィック・デザインを中心とした勉強会も実施される予定とのこと。阪神間の新しいクリエイティブ・スペースの誕生を祝いつつ、今後の活動にぜひ期待したい。[橋本啓子]
2012/08/15(水)(SYNK)