artscapeレビュー
桜圃名宝
2014年11月01日号
会期:2014/09/27~2014/12/06
学習院大学史料館[東京都]
寺内正毅(1852-1919)は、山口県(長州)の出身で陸軍士官学校長・教育総監・陸軍大臣・初代朝鮮総督などを務めたのち、大正5年に内閣総理大臣となった人物で、「桜圃」と号した。すなわち「桜圃名宝」とは正毅が所有していた書画骨董の優品のことである。本展には学習院大学が2013年度に寺内家から寄贈を受けた正毅・寿一関連資料350余点から、漆芸、書簡、墨蹟など約30点が出品されている。注目すべき品のひとつは、第10代学習院長・乃木希典が明治天皇に殉死した当日に正毅に送った書簡(大正元年9月12日付)である。同時代に書かれた文献から、乃木が自決する前に一番最後に書いた書簡であると考えられるという。その他の墨蹟には、西郷隆盛、木戸孝允、高杉晋作、吉田松陰らの書や書簡がある。いずれも正毅の故郷である長州出身者、あるいは正毅の人生に関わった人々の手によるものである。もうひとつ注目すべき品々は漆芸。中心となるのは寺内正毅が国の要職を務めた明治大正期に、その功績により皇室から下賜されたものである。明治維新後、大名家の庇護を失った職人たちは輸出工芸に新たな活路を見出し、江戸期までの国内向けの意匠とは異なる外国人好みの大胆なデザインの作品が多くつくられていた。これに対して御下賜品の漆芸は古典的な意匠や時代ごとの流行の技術を体現したものであり、その背景には日本の伝統工芸の技術を守ろうという考えが見て取れる。蒔絵の硯箱や文台の制作にはかなりの時間を要するものであり、これらの品の多くは下賜の機会や相手を特定せずに事前に皇室により発注された可能性もある。一方、制作期間が短くてすむ小品は、下賜の機会や相手が特定された特別注文の品と考えられ、作品の意匠からそれがわかるものもある。寄贈資料にはボンボニエール(皇室や華族家などの慶事の際に配られる小さな菓子入れ)が数多く含まれており、本展にはそのなかから漆塗りの品が10点出品されている。唐櫃や手箱をミニチュア化したうつわは雛道具にも似てかわいらしい。[新川徳彦]
2014/10/22(水)(SYNK)