2019年07月15日号
次回8月1日更新予定

artscapeレビュー

六甲ミーツ・アート芸術散歩2014

2014年11月01日号

会期:2014/09/13~2014/11/24

六甲ガーデンテラス他[兵庫県]

六甲山の観光地を舞台にした芸術祭。ケーブルカーや公園、植物園、ホテルなどに展示された作品をバスで周遊しながら鑑賞するという仕掛けだ。参加したのは淺井裕介、宇治野宗輝、太田三郎、加藤泉、金氏徹平、鴻池朋子、西山美なコ、三宅信太郎ら40組あまりのアーティスト。六甲山の観光地が手頃なサイズなので、ほぼ一日あれば、すべての作品を鑑賞して見て回ることができる。
昨今の芸術祭や国際展にとって、アート・ツーリズムは決して無視することのできない手法として、その構造の内側に深く組み込まれている。本展においても、美術作品を鑑賞する行為(アート)と観光地を周遊する行為(ツーリズム)を重ね合わせることで、全体を構成していた。それが、観客を動員する有効な手立てであることに疑いはない。事実、会場のいたるところで美術作品の鑑賞に誘導された観光客を数多く目にすることができた。アート・ツーリズムは「美術」にとっても「観光」にとっても有益というわけだ。
しかし、アート・ツーリズムに問題点がないわけではない。本展には、そのもっとも象徴的な2つの問題点が凝縮していたように思われる。ひとつは、アート・ツーリズムが歓迎する美術作品には、ある種の偏りがあるということだ。観光地という条件は、観光地にふさわしい美術作品を要請する。たとえば六甲山カンツリーハウスは家族で楽しむアウトドア施設だが、ここに展示された作品はおおむね遊具や空間演出装置のような作品で占められていた。その空間の特性に順接する作品が展示される一方、逆接する作品は省かれるという原則は、アート・ツーリズムに限らず公共空間や野外空間での展覧会に共通する一般原則であるとはいえ、本展ではきわめて明瞭にその原則が一貫していた。その目的が観光客の眼を楽しませることにあることは明らかである。
とはいえ、例外的な作品がないわけではなかった。鴻池朋子は六甲山ホテルのロビーの壁面に巨大な絵画を展示したが、その支持体は牛革。生々しい獣の皮を数枚つなぎ合わせた表面の上に、身体の臓器や血管、眼球などを鮮やかな色彩で描いている。元々壁に設置されている鹿の首の剥製を牛の皮が取り囲んでいるから、まるで鹿の肉体の内側がめくれ上がって露出しているかのようだ。肉の温度すら感じられるような絵と、格式高いホテルのロビーという静謐な空間との対比が目覚ましい。
その作品と空間の対比は、おそらくアート・ツーリズムを相対化する重要な契機にもなっている。すなわち、アート・ツーリズムのもうひとつの問題点とは、身体性が決定的に欠落しているという点である。ケーブルカーやロープウェイで一気に山を登り、周回バスで作品を見て回る。そうした鑑賞方法は、美術館におけるそれとほとんど大差ないか、あるいはそれ以上に身体を甘やかしている。せっかく窮屈な美術館の外の野外に出ているのに、身体を解放するのではなく温存させるような身体技法を、アート・ツーリズムは鑑賞者に強いるのだ。つまり鑑賞者は観光客として振る舞わなければならない。これがほんとうに鬱陶しい。
鴻池の作品が喚起しているのは、おそらく肉体の内側に隠されている原始的な感覚ではなかったか。それは、観光客としての身体技法を激しく揺さぶり、そうではない振る舞いに奮い立たせる。だからバスなんか乗ってはいけない。山道を歩いてみるがいい。裏道に一歩足を踏み入れれば、そこには「美術」にも「観光」にも望めない、新たな世界が待ち受けている。

2014/09/21(日)(福住廉)

2014年11月01日号の
artscapeレビュー

文字の大きさ