artscapeレビュー

ヨコハマトリエンナーレ2020 AFTERGLOW—光の破片をつかまえる

2020年08月01日号

会期:2020/07/17~2020/10/11

横浜美術館+プロット48[神奈川県]

ヨコトリはけっこう災難と縁が深い。2001年の第1回展では、開幕の約10日後にアメリカで同時多発テロが勃発、展覧会に影響はなかったが、世間的にはヨコトリの話題など吹っ飛んでしまった。2011年の第4回展では、記者発表が予定されていた日に東日本大震災が発生、その衝撃もさめやらぬ5カ月後に開催された。そして今年の第7回展は、言うまでもなく新型コロナウイルスだ。2004年に予定していた第2回展が1年ズレたにもかかわらず(というか、それゆえに?)、ほぼ10年にいちど訪れる災難にぴったりシンクロしてしまっている。これはもう1年延期するか、厄払いしてもらうほかないのではないか。

ともあれ今年、多くの国際展や芸術祭が延期・中止を余儀なくされるなか、ヨコトリは2週間ほど遅れたとはいえ開催にこぎつけた。もちろん長期の延期や中止も視野に入れていたはずだが、記者会見で組織委員会の近藤誠一委員長は、ステイホームやオンラインの生活を続けるなかで、考えるヒントを与えてくれるアートに触れる機会を失ってはならない、というのが中止にしなかった理由だと述べていた。えらいぞヨコトリ。問題は中身だ。

その前に概要を紹介すると、今回のアーティスティック・ディレクターは、インドを拠点とするラクス・メディア・コレクティヴで、テーマは「AFTERGLOW―光の破片をつかまえる」というもの。AFTERGLOW(残照=光の破片)とは、企画統括の木村絵理子氏によれば「思考と知恵の『茂み』の中に流れるエネルギーと、それを自らの手でつかみとろうとする行為を象徴する」ものだという。よくわかんないね。具体的に掲げたキーワードは「独学」「発光」「友情」「ケア」「毒」の5つで、これだとコロナ禍のいまならなんとなくわかった気分になれる。

出品作家は計67組で、極東からアラブ諸国までアジア系が大半を占め(日本人は13人)、あとはアフリカ、南米、欧米、オーストラリアが少しずつ。うち35組が日本で初めて作品を発表するという。はっきりいって、日本人アーティストを除けばディレクターも含めて誰も知らなかった。でも知らないというのはマイナスではなく、未知の作家が多いので期待できるということだ。会場は横浜美術館に加え、みなとみらい地区のプロット48と呼ばれる元アンパンマンミュージアムだった建物と、1人だけだが日本郵船歴史博物館にも展示される。内覧会は記者会見終了後のわずか2時間しかなく、ぼくは横浜美術館とプロット48の南棟を訪れただけで、北棟と博物館は見ることができなかった。


というわけで、まず美術館に入ると、正面の大空間に飾られたチャラチャラした光り物が目に飛び込んでくる。ニック・ケイヴの《回転する森》で、ガーデン・ウィンド・スピナーと呼ばれる庭の飾りを何千個も吊り下げたインスタレーション。よく見るとピースマークやニコニコマークのほかに、拳銃のシルエットも見える。暗い展示ケースの中に薄絹で包んだコップや電球を置いた作品は、竹村京の《修復されたY.N.のコーヒーカップ》。壊れた日用品を集めて、金継ぎのように光る絹糸で繕ったものだ。白い画面に、上下左右に動くノズルから水をかけるロバート・アンドリューの《つながりの啓示―Nagula》は、90日間かけてある文字を浮かび上がらせていく。この文字は作者のルーツであるアボリジニの言葉だそうだが、まだ初日なので赤茶色の滴りしか見えない。展示室の床に段差や斜面をつけて敷いた赤いカーペットは、ズザ・ゴリンスカの《助走》。つまずき、よろけながら助走してみろってか? おや、田中敦子や石内都らの作品もあるぞ。これは横浜美術館のコレクションをインティ・ゲレロがキュレーションしたもの。

まあこんな感じで次々と作品が展開していく。作品は多様性に富み、見た目にも光ったりカラフルだったりにぎやかで、これなら子供でも楽しめそうだ。要するに視覚をくすぐるチャラチャラした作品。でも大人はそんなもんで楽しめない。いざ理解しようとすると、まずどこからどこまでが誰の作品なのかわかりにくいし、解説プレートはあるものの文章が詩的すぎてとまどうばかり。しかもこのプレート、美術館だけでプロット48にはないのだ。

そのプロット48はイレギュラーな空間が多く(少なくとも南棟は)、ますます混沌とした様相を呈している。例えば2階にはいくつかの小部屋があるが、プレートもないのでどこが誰の作品なのかすぐにはわからない(会場マップを見て、それらがエレナ・ノックス1人の作品であることが判明)。元アンパンマンミュージアムだけに、おもちゃ箱をひっくり返したような楽しさといってしまいたいところだが、そういうわけにはいかない。

今回はコロナ禍で、海外のアーティストもディレクターも本番には来日できず、アーティストはプランを送り、ディレクターはオンラインで議論しながら展示したという。でも実際に来日して現場で作業していたら、絶対に違ったものになっていたはず。もし来日してもしなくても変わらないのなら、これからの国際展や芸術祭はオンラインで実現でき、アーティストと市民、アーティスト同士の交流もなくなってしまうだろう。さらに今回は「エピソード」と称して、会期前から会期終了後もオンラインでのパフォーマンスやレクチャーを行なっているが、これを推し進めれば、もはや展覧会を開いたり作品をつくったりしない、オンラインだけの国際展が乱立するかもしれない。そうならないことを願うばかりだ

2020/07/16(木)(村田真)

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