artscapeレビュー

中川馬骨『虚の胞衣』

2020年08月01日号

発行所:東京綜合写真専門学校出版局

発行日:2020年6月26日

1977年、茨城県生まれの中川馬骨(なかがわ・まこつ)は、2001年に慶應義塾大学文学部哲学科卒業後、東京綜合写真専門学校で学び、2005年に同校写真芸術第二学科を卒業した。いくつかの公募展に出品しているが、本書が最初の本格的な写真集となる。

中川は父が50歳のときに生まれた。そのため、幼い頃から近い将来の父親の死を予感しながら育ってきたという。東京綜合写真専門学校在学中から、8×10インチ判の大判カメラで、折に触れて父を撮影し始めたのも、その不安をなんとか鎮めようという思いがあったからだった。2013年に父が亡くなったとき、覚悟はしていたものの衝撃は大きく、茫然自失の日々を過ごす。4年後の2017年にようやく決意してその遺骨を取り始める。そのことで、生前の父と死後の父を結びつける回路をようやく見出すことができた。2003〜13年に撮影した父のポートレートには、すでに死の影が色濃くあらわれており、逆に2017年撮影の遺骨の写真は光のなかを漂う生きもののように見えてくるのだ。

本書『虚の胞衣』(うろのえな)は、その二つのシリーズをカップリングした写真集である。生と死という二つの世界を、コインの裏表のように見ようとする中川の意図を、両シリーズを左開きと右開きにシンメトリカルに配置した写真集の構成でしっかりと実現している。岡田奈緒子+小林功二(LampLighters Label)の端正で隙のない編集・デザインも見事な出来栄えだ。本書は中川にとって、写真家としてのスタートラインというべきだろう。このテーマに匹敵するだけの、広がりと深みを持つ作品を産み出すのは、けっこうハードルが高そうだが、ぜひそのことを期待したい。



2020/07/23(木)(飯沢耕太郎)

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