artscapeレビュー
鬼海弘雄作品展「王たちの肖像」
2020年08月01日号
会期:2020/06/30~2020/08/02
日本カメラ博物館(JCIIフォトサロン)[東京都]
鬼海弘雄は1973年頃から、法政大学文学部哲学科時代の恩師、福田定良に「買ってもらった」という6×6判の一眼レフカメラ、ハッセルブラッド500C/Mで、浅草の浅草寺境内に集う人々を撮影し始めた。最初はいろいろな場所、撮り方を試していたが、次第に寺院の赤い壁をバックに、半身、あるいは4分の3身で撮影するスタイルが固定していく。それらの「浅草のポートレート」は、1987年に写真集『王たちの肖像 浅草寺境内』(矢立出版)にまとめられ、同年度の日本写真協会賞新人賞を受賞した。今回のJCIIフォトサロンでの個展には、同書におさめられた作品を中心に41点が出品されていた。
鬼海が撮影したのは無名の庶民であり、歴史に名を残す人物とはとても思えない。にもかかわらず、堂々たる威厳を保ち、固有のオーラを纏ってカメラを見返すポートレートを見ていると、彼らが「王たちの肖像」というタイトルにふさわしい存在であることに納得してしまう。鬼海はインタヴューで、彼らは「自分の領土を持つ王」であり、「自分の生に自分で責任を取っている」と語っているが、たしかにこれらの一癖も二癖もありげな男女は、「自分の領土」に誇り持って君臨しているように見えてくる。逆にいえば、浅草を行き交う砂粒のような人の群れから、「王たち」を見つけ出し、声をかけ、写真におさめていく作業には、恐るべき集中力と忍耐力が必要なわけで、その作業の厚みと重みが、これらの初期作品からも充分に伝わってきた。
鬼海は、2019年に『PERSONA最終章 2005-2018』(筑摩書房)を刊行し、1970年代から続けてきた「浅草のポートレート」に一応のピリオドを打った。20世紀から21世紀にまたがる時期の日本人の肖像写真のシリーズとして、これだけの大作はほかにはない。そのたぐいまれな人間探求の成果を、一堂に会する機会をぜひ作ってほしいものだ。
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2020/07/14(火)(飯沢耕太郎)