artscapeレビュー

坂上行男『水のにおい』

2020年08月01日号

発行所:蒼穹舎

発行日:2020年6月29日

本欄で以前、同じ蒼穹舎から刊行された松谷友美の写真集『山の光』を取りあげたとき、同社の出版物のクオリティの高さは認めるものの、やや引き気味に距離をとって、淡々と目の前の風景や人物をカメラにおさめていくスナップショットのスタイルが、「居心地のよい場所」に安住しているのではないかと述べたことがある。1951年生まれの坂上行男が、生まれ育った群馬県邑楽郡明和町の風物を撮影した写真集『水のにおい』も、やはりそんな蒼穹舎の出版物の範疇にぴったりとおさまる。とはいえ、前に書いたことと矛盾するようではあるが、坂上の写真集をめくっていくと、これはこれである意味必然的な、日本の風土と写真家たちとの関係のあり方に即した営みなのではないかと思えてきた。

明和町は「鶴舞う形の群馬県」とうたわれた群馬県の、くちばしの部分に位置する「利根川と谷田川にはさまれる田園の町」である。いわば典型的な日本の田舎町なのだが、その季節ごとに姿を変える景色を細やかに写しとった写真群を目で追ううちに、何とも言いようのない懐かしさと切なさが込みあげてくる。そんな感情を呼び起こす要因となるのは、「水のにおい」ではないだろうか。坂上の写真には、大小の川や用水堀だけでなく、雨上がりの道、濡れそぼった植物などがよく写り込んでいる。湿り気のある大気の感触は、誰でも身に覚えのあるものだろう。蒼穹舎風のつつましやかで受容的なスナップショットのスタイルが、カラープリントに「水のにおい」を封じ込むやり方として、とてもうまくいっていることを認めないわけにはいかないだろう。

2020/07/23(木)(飯沢耕太郎)

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