artscapeレビュー
はらぺこ満月『書簡観光』
2020年08月01日号
会期:2020/07/23~2021/07/22
「お元気ですか? こちらはなんとか元気に暮しています」。郵便受けに見つけた葉書にはそう記されていた。差出人の名はなく、そのような葉書を受け取る心当たりもない。表面には渋谷の写真。そこはたしかに渋谷なのだが、ここ数年の再開発の結果、街並みは私の見慣れたそれとは大きく変わってしまっている。写真がモノクロであることも、そこをどこか見知らぬ街のように見せていた。
はらぺこ満月『書簡観光』は50通の葉書による1年間のツアープロジェクト。送られてくる葉書の片面には写真が、もう一方の面には言葉やQRコードなどが記されているらしい。一通目の葉書には、しばらく東京から出ることが叶いそうにないという「私」が「この都市の中を1年かけて気ままに旅することにし」たという近況報告(?)とともにその「旅のブログ」にアクセスするためのQRコードが記されている。
「旅のブログ」にアクセスしてみると、そこにはどうやら渋谷を観光しているらしい「私」の日記が置かれている。日々更新されるそれは、そこに記された天気から判断するにリアルタイムで書かれているもののようだ。なかには渋谷を写した写真や動画が付されているものもある。
しかし、この「旅のブログ」にアクセスできるのは「次の葉書の投函日24時まで」のことで、「期限になると、はじめから何もなかったかのようにコンテンツは消えてしま」うらしい。私の手元には葉書だけが残る。QRコードからアクセスできるのはブログとは限らず「読み物や映像、音声、またある時には……とコンテンツの形は様々」とのことだが、50通もの葉書を受け取り1年が経つ頃には、私はその多くを忘れているだろうという気もしている。50通の葉書をよすがに、私が振り返るその1年はしかし、実際に体験した1年とは大なり小なり異なるものとして思い出される。
『書簡観光』の葉書が投函されるのは2020年7月23日から2021年7月22日の1年間。現時点で延期された東京オリンピックの開会式は2021年7月23日に予定されており、『書簡観光』の1年は東京オリンピックが延期となったために生じる空白の1年とおおよそ重なっていることになる。だが、果たして東京オリンピックは本当に開催することができるのだろうか。
本来であれば、この原稿が書かれている2020年の7月末はすでに東京オリンピックが開催中だったはずだ。1年前には想像もしなかった世界を私は生きている。1年後には改めて東京オリンピックが開催されることになっているが、政府の対応を見るに、東京オリンピックが中止になる可能性も十分にあるように私には思われる。万が一(よりはそうなる確率は高いと思われるが)東京オリンピックが中止になった場合、私がこれから過ごす1年の意味合いは、その時点から遡って塗り替えられることになるだろう。
どこか別の世界から不意に紛れ込んだような葉書は、どこか別の世界に紛れ込んでしまったように感じている今の私の漠然とした不安と共振する。たしかな「いま」の手触りを持ったブログも1年後に読み返すことは叶わず、そのとき、どのような世界が訪れているかは誰にもわからない。モノクロの渋谷の街並みは、私の目にどのように映るだろうか。
『書簡観光』は途中からの参加も受け付けている。届かなかった葉書に思いを馳せるのもこの「上演」にはふさわしい鑑賞のあり方かもしれない。
公式サイト:https://harapeko-fullmoon.com/
2020/07/29(水)(山﨑健太)