2022年12月01日号
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artscapeレビュー

2009年07月01日号のレビュー/プレビュー

畠山浩史 写真展『きみへつながるもの語り』

会期:2009/06/01~2009/06/13

Gallery Vie[兵庫県]

神戸から故郷の熊本へと移住した畠山が、近況を伝える写真展を開催。のんびりした空気と濃い緑に包まれた故郷で、地域の人々と新たな関係を構築しつつある彼の様子が生き生きと伝わってきた。親から自分へ、そしてやがて生まれてくる彼の子どもへと受け継がれて行くであろう物語を、慈しみに満ちた眼差しで捉えているのだ。部外者であるわれわれにも、その息づかいがリアルに伝わってきて、ほっこりとした柔らかい空気に包まれる。作品に充満する“愛しさ”が畠山作品の何よりの魅力だ。

2009/06/07(日)(小吹隆文)

小杉武久 二つのコンサート

会期:2009/06/12~2009/06/13

国立国際美術館[大阪府]

1960年代以来、一貫して音楽の概念を拡張する作品制作を続けてきた小杉武久が、美術館を会場に2日間のコンサートを開催。1日目は1960年代から2000年代の代表作を総覧する内容で、和泉希洋志、浜崎健、藤本由紀夫、ヤマタカEYEが共演。2日目はピアニスト・作曲家の高橋悠治と共演し、お互いのために委嘱した作品を中心に演奏された(5曲中、3曲が世界初演、2曲が日本初演)。数々の作品のなかでも、光反応発振器や接触反応発振器を用いて行為をダイレクトに音楽化させたり、フィードバックを多用して電子音の咆哮が会場中を駆け巡るタイプの作品は非常にスリリングで、音の生成と破壊と更新を繰り返しながら音楽が生まれてくるダイナミズムを全身で浴びる快感がえられた。また、かつては「前衛」とカテゴライズされていた小杉の音楽が、今やひとつの音楽としてすんなり聞こえてくる事実を前に(凡庸という意味ではない)、この半世紀の音楽表現の進展を実感した。

2009/06/10(水)(小吹隆文)

「ヤノベケンジ─ウルトラ」展

会期:2009/04/11~2009/06/21

豊田市美術館[愛知県]

ヤノベケンジの新作《ウルトラ─黒い太陽》が発表された。円形のプールの中に巨大な球体がひとつ。その表面には放射状に伸びる鋭い突起物と円状の穴がランダムに続いている。その穴を通して内部を見てみると、球体の中心にテスラ・コイル(共振変圧器)が内臓されているのがわかる。見どころはこのテスラ・コイルによって人工的に稲妻を発生させるイベントで、時間を限定して一日に数回催されていた。強力な電磁波が発生するという物々しいアナウンスが緊張感を高めるが、じっさいのパフォーマンスはいささか拍子抜けするものだった。瞬間的に発生する稲妻のフォルムは思っていたほどではなかったし、その雷鳴も度肝を抜かれるほどではなく、これではそこらのノイズ・ミュージックにすら太刀打ちできないのではないかと気をもんでいたら、ほんの数十秒で終わってしまった。「黒い太陽」という詩的な名前に負けていたからなのか、あるいはその物体としての強度のほうが稲妻より勝っていたからなのか、どちらにしても存在の根底を揺さぶるほどの衝撃は感じられなかった。これでは、観客に向かって炎を噴射する《ジャイアント・トらやん》のほうが、よっぽど危険かつ滑稽であり、だからこそ魅力的といえるのではないか。ちなみに、学生を大学にリクルートするような映像作品も発表していたが、これにも興醒めさせられた。

2009/06/13(土)(福住廉)

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山本太郎 展~ニッポン画物見遊山~

会期:2009/05/22~2009/06/14

美術館「えき」KYOTO[京都府]

「ニッポン画」を提唱している山本太郎の本格的な回顧展。デビュー以来10年にわたって制作してきた作品を一挙に公開した。誰もが知るキャラクターを日本画の画面に導入することで諧謔や表象批判を狙っていた初期の作品から、キャラクターを排除した上で日常的な風景を端的に描いた近年の作品まで、山本の画風の変遷を一望することができる展示になっていた。一見すると日本画の伝統的な技法を駆使しながら、欧米と日本の文化が混在した日本の暮らしの風景を表面的に描いただけのように見られがちだが、今回はじめて山本の作品をまとめて見て気がついたのは、それらは日本の「雑種文化」を反映しているだけではなく、むしろその暗部をも描写しているのではないかということだ。たとえばマンガ的なキャラクターはたしかに表層的な記号を安易に取り込んでいるように見えるかもしれないが、しかし絵そのものをじっくり見てみると、それらは写実的に模写したとは思えないほど奇妙にデフォルメされ、マンガの身体表現ではありえないところに筋肉の線が入っていることに気づく。つまり、山本の「ニッポン画」とは、大衆文化の記号表現を貪欲に取り入れつつも、同時にその記号そのものの異質性を画面が破綻する限界ぎりぎりのところまで引き伸ばし、拡大し、膨張させ、極限化しているのだ。凡庸さを装いながら異常性を紛れ込ませる戦術といってもいい。これがアニメやマンガの図像を無邪気に引用するだけの凡百の現代アートとは明らかに異なる、山本独自の絵画的特質であることはまちがいない。こうした、ある意味で「悪意のある」批評的な絵画を涼しい顔をして制作してしまうところに、山本太郎の真骨頂がある。

2009/06/13(土)(福住廉)

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有賀慎吾 長谷川翔『接続解除』

会期:2009/06/03~2009/06/14

Art Center Ongoing[東京都]

有賀慎吾と長谷川翔による二人展。いかにも若者らしい、ぶっ飛んだ作品を発表していた。2階の会場に上がろうとしたら、階段がフラットな急坂に作り変えられていた。なかなか生意気なことやるじゃねえか、この野郎、と嬉しくなりながら苦労して2階にたどり着くと、暗闇の中に水が流れる音。よく見ると、床の大半が低いプールで占められていて、その脇にはさらに噴水まである。プールの上にはタグボートのような小船が浮かんでいて、その上に乗ることもできるが、衝撃的だったのはこのタグボートがワイヤーで自動的に引っ張り上げられ、一回転して裏側に反転するところ。まったくもって無意味な運動だけれど、噴水の音とワイヤーが巻き上げられる轟音を耳にしながら見ていると、なにやら不穏な感覚がふつふつと湧き上がってくる。改めて空間を見渡してみると、全体的に黒と黄色で統一されているせいか、「立入禁止」の意味合いが強く伝わってくる。本来は進入してはいけないところに立ち入ってしまったということなのだろう。プールは見ようによっては水路のようでもあるから、ここは地下水道の世界としても考えられるけれど、壁面に貼られたドローイングは身体の内部器官を描いていたから、むしろ身体の内部世界として想定されているのかもしれない。けれども、それは子宮のような安息の場所などではなく、その暗部、実在しないにせよ、ネガティヴな体内起源として想像された場所ではないだろうか。ミクロコスモスの暗い空間を徹底的に作り上げた手腕がすばらしい。

2009/06/14(日)(福住廉)

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