2022年12月01日号
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artscapeレビュー

2009年07月01日号のレビュー/プレビュー

躍動する魂のきらめき 日本の表現主義

会期:2009/04/26~2009/06/15

栃木県立美術館[栃木県]

日本における表現主義を検証する展覧会。1910年代から1920年代にかけて、美術を中心に建築、デザイン、演劇、映画、音楽、舞踏、写真などさまざまなジャンルに現われた表現主義的な作品、500点あまりを一挙に公開した。展示も図録もひじょうに充実した内容だったが、なかでも際立っていたのが、長安右衛門による《装飾文様(煩悶)》(1927)。おびただしい仏と人が入り乱れ、それらがうねりながら曼荼羅のようなダイナミックな世界を描き出している。「躍動する魂」とはまさにこのことで、日本の表現主義を体現した象徴的な作品である。

2009/06/15(月)(福住廉)

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村山秀紀「ぎゃまんを遊ぶ」展

会期:2009/06/16~2009/06/28

アートスペース感[京都府]

表具師の村山秀紀が、現代のライフスタイルに適応した掛軸や屏風、表装の技術を生かした平面作品などを展覧。作品に多用されているガラスのオブジェは、ガラス作家の神田正之が制作した。展示はホワイトキューブと和室からなるギャラリー空間を生かしたもので、ホワイトキューブではどちらかといえば洋間向き、和室では伝統を重んじつつもフレキシブルに対応可能な作品が見られた。洋間でも床に敷物(今回は鉄板だった)を置けば簡易な床の間空間が作れるとか、屏風を表裏リバーシブルにして、TPOに応じて使い分けられるようにするなど、アイデア満載なので見ていて楽しい。また、表具師としての技術も堪能できる作品だったので、アイデア倒れに終わらず説得力十分だった。日本で美術作品の普及がはかどらない理由のひとつに住宅環境の貧しさがあると思うが、工夫次第でその短所をカバーできることを示した村山の提案に大いに賛同する。

2009/06/16(火)(小吹隆文)

森山大道「記録」on the road collaboration with 8 creators

会期:2009/05/27~2009/07/04

エプソンイメージングギャラリーエプサイトギャラリー1[東京都]

森山大道の写真をもとに、8名のクリエイター(東信、岡室健、川名潤、喜田夏記、軍司匡寛、斉藤彩、ペラ・ジュン、ヤングアンドロボット)が試みたコラボレーション・ワークを発表した展覧会。巨匠とのコラボという条件を前に尻込みしたわけではないだろうが、森山へのリスペクトとオマージュを確認できることはあっても、コラボレーションとして成功している作品はほとんど見受けられなかった。森山の写真に「FUCK OFF」と落書きした東信と、森山の写真が一切見えなくなるほど油絵で塗りつぶした斉藤彩は、それぞれクリエイターとしての生意気根性を披露したといえるが、それが森山写真でもなく、彼ら自身の作品でもなく、第三のクリエイションに昇華しているとはとてもいえないからだ。「コラボレーション」というに値するのは、森山が写した都市風景に別の風景をモンタージュすることで、どこかにありそうでどこにもない都市のイメージを見せたペラ・ジュン、ただひとりだった。

2009/06/17(水)(福住廉)

中井精也 写真展 ゆる鉄 from 1日1鉄!

会期:2009/06/12~2009/06/25

エプソンイメージングギャラリーエプサイトギャラリー2[東京都]

レイルマン中井こと、写真家・中井精也の写真展。毎日必ず一枚、鉄道写真を撮影して発表するブログ「一日一鉄」(http://railman.cocolog-nifty.com/blog/)から選りすぐりの「ゆるい鉄道写真」を発表した。写真はおもに地方の小さな駅や路線を写したものが多く、緊張に満ち満ちた都市で生きる者を脱力させるような魅力がある。会場の入り口に設けた改札口に中井本人が駅長として立ち、来場者に入場切符を手渡すなど、演出も気が利いていた。

2009/06/17(水)(福住廉)

マン・オン・ワイヤー

会期:2009/06/13

新宿テアトルタイムズスクエア[東京都]

1974年、ワールドトレードセンターの屋上のあいだに一本のワイヤーを渡し、その上を命綱なしで綱渡りをした大道芸人、フィリップ・プティのドキュメンタリー映画。プティをはじめとする仲間たちの証言を中心に、当時の記録写真やニュース映像、再現映像などをまじえて構成された映像を見ると、この常軌を逸したパフォーマンスが文字どおり狂気と紙一重であり、だからこそ彼らの人生を大きく左右するほど、決定的に重大な出来事だったことがわかる。とりわけ恍惚とした表情を浮かべながら饒舌に物語るプティの語り口には、それが彼の人生における崇高体験として内面化されていることが伺える。地上110階、高さにして411m、しかもツインタワーのあいだは42m。その空間をたったひとりで何度も往復し、なおかつワイヤーの上で寝転んでみせたプティをしのぐパフォーマンスは、同じことに挑戦しようにもツインタワーじたいがもはや存在しないのだから、おそらく当分のあいだ成し遂げられないだろう。だが、このドキュメンタリー映画が暗示しているのは、そもそも崇高な経験とは人生において一度あればよいほうであり、その幸運な一回性を除けば、私たちの日常は退屈きわまる凡庸な時間がだらだらといつまでも続いているという事実ではないだろうか。だから、この映画が教えているのは、夢追い人に生きる勇気と希望を与える安易な感動物語などではなく、むしろそのラッキーな出来事に出会えるために日々を耐え忍ぶ忍耐力である。いつの日か、上空を闊歩する天狗のような人影を目撃できるかもしれない、これこそ希望である。

2009/06/17(水)(福住廉)

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