artscapeレビュー

2012年05月01日号のレビュー/プレビュー

指江昌克 展「見えざる手」

会期:2012/02/29~2012/03/31

MIZUMA ART GALLERY[東京都]

昭和的な遺物が密集した球体が地上を浮遊する光景。指江昌克が描き出しているのは、過去の亡霊が現実的な都市風景のなかに出没したかのような夢幻的な光景だ。古びた自動販売機やコインランドリー、パチンコ店、喫茶店などの図像がおのずと郷愁を誘うが、今回発表された新作には、巨大なキノコ雲や日の丸などの記号が引用されていたせいか、以前にも増して政治性と社会性が強く醸し出されていた。視線が過去へ引き寄せられつつも、たちまち現在に引き戻されるといってもいい。そのような時間の振幅を味わいながら画面を見ていると、政治的な混迷と社会的な危機に陥って久しい今日の現代社会の出発点、すなわち原爆と敗戦を思い出さずにはいられない。原子力発電所の大事故によって戦後社会の繁栄という虚像が脆くも破綻してしまったいま、私たちはもはやあらゆる問題の解決を先送りにしたまま前進することはできなくなったことを知った。指江の球体は、現代社会の真ん中に穿たれた、出発点に立ち返るための入り口なのではないだろうか。

2012/03/29(木)(福住廉)

竹内公太─公然の秘密

会期:2012/03/17~2012/04/01

XYZ collective(SNOW Contemporary)[東京都]

「指差し作業員」の衝撃は、フクイチの映像を見ている私たちを、彼があくまでも一方的に指し示したことに由来していた。「見る主体」が、「見られる客体」によって逆襲されたと言ってもいい。だからこそ、「見る」側に安住している者にとって、その衝撃は大きかったのである。ところが、今回の個展で発表された作品のなかで、どうにもこうにも理解に苦しんだのは、アーティストと来場者が直接言葉を交わすことができる糸電話の作品だった。なぜなら、本来一方的だったはずの表現を、観客参加型の作品によって、わざわざコミュニケーションという表層的な次元に回収してしまったように見受けられたからだ。むろん、糸電話という対話の形式が完全な意思疎通を実現するわけではないし、逆に対話によってすら理解し合えない領域に来場者を突き落とすこともないわけではないだろう。とはいえ、この糸電話が「指差し作業員」の本質的な暴力性を削ぎ落としてしまっていたことは否定できないように思う。それが、芸術という不可解な価値の真髄に触れていたように感じられたことを思うと、なおさらいっそう悔やまれる。

2012/03/30(金)(福住廉)

永原トミヒロ展

会期:2012/03/19~2012/03/31

コバヤシ画廊[東京都]

永原トミヒロの新作展。ここ数年、明るいのか暗いのか判別しない、光と闇が溶け合ったかのような幻の街並みを一貫して描いているが、今回の個展で発表された絵画には鏡のような水面が前面化してきた。苗植え前の田んぼなのだろうか、広い水面には後景の建物が明瞭に反映している。この対称的な図像が、窓も入り口も見当たらない建物で構成された無人の街並みに、独特の気配をもたらしていたようだ。たしかな対象として認知することはできないにせよ、なにかの存在をどこかで感じ取る想像力。今日的なリアリティーが立ち上がってくるのは、この点である。

2012/03/30(金)(福住廉)

青木野枝

会期:2012/03/01~2012/04/01

Gallery 21yo-j[東京都]

青木野枝といえば、重量感のある彫刻とは対照的に、軽やかで繊細、流れるような彫刻で知られているが、今回発表された新作も、その特徴を存分に活かしながら空間と調和させていた。天窓から外光が差し込んでくる広い空間に展示されたのは、円を指先で持ち上げたような形状の鉄彫刻。そのセットがいくつも空間を埋め尽くしていたが、密度が高いにもかかわらず、抜けたような浮遊感がある。水面に浮かぶ蓮を水底から見上げているような感覚が、いつまでも続いてほしいと思わずにはいられない作品である。

2012/04/01(日)(福住廉)

Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち

会期:2012/02/25

ヒューマントラストシネマ有楽町[東京都]

踊りとは、かくもすばらしく人間の感情の起伏を表現するものだったのか。ヴィム・ヴェンダースによるピナ・バウシュの映画を見て思い知ったのは、踊りで駆使される身体言語の豊かなボキャブラリーだった。言葉ではなく身体が、みずからの喜怒哀楽を雄弁に物語る。劇場はもちろん、街中や車内、自然、邸宅など、あらゆる場所で語られる踊りを見ていると、そこでは生きることのすべてが肯定されていると実感できる。これみよがしな3D映像が書割のように平面的に見えてしまうという逆説が気にならないわけではない。とはいえ、そのようなネガティヴすらポジティヴに反転させてしまうほど、彼らの身体言語は、力強く、はかなげで、鋭く、あたたかい。

2012/04/01(日)(福住廉)

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