2019年10月15日号
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artscapeレビュー

壺中天(振鋳・演出・美術:高桑晶子+鉾久奈緒美)『日月花』

2011年08月01日号

会期:2011/06/27~2011/07/03

大駱駝艦・壺中天[東京都]

壺中天の男子(「男性ダンサー」なんて書くよりもふさわしい気がするので、あえて)たちに比べると、女子たちの作品はぼくには掴みがたかった(ちなみに、近年の壺中天の公演では、男子中心か女子中心かに分かれることが多く、均等に男女が混合される公演は少ない)。とくに男子たちが「路上に並んで立ち小便する」みたいに幼児的な情動を勢いよく放出しているのに対して、女子たちはやや「ふっきれて」いないと感じさせられてきた。「晴れの舞台で憧れの妖精になりたい!」というなどといった「乙女心」が見え隠れすることもある。バレエの舞台ならいざ知らず、舞踏においては無用の長物ではないか、あるいは一般の女性たちを見ていると「乙女心」に窮屈さを感じ、そこから解放されたいと願うなんてことが起きているのでは、などと思ってしまう。例えば、変顔でプリクラ撮るなんて遊びは、そうした窮屈さからの解放感をえたいがための振る舞いではなかろうか。
 そんなこと思って見ていたぼくにとって、本作の白眉は中盤の女三人組の登場シーンだった。見事な変顔だった。正直言って「ぶさいく」だった(そう呼ぶ失礼を詫びるべきか迷う、ただ、あれが意図ある表現だったら詫びてはならないはずだ)。見ながら「ぶさいくだなー」と漏らしたくなるくらい、見事に突き抜けていた。toto BIGのCMで踊り歌う森三中を連想させる、不格好であるが故に生じる解放感に酔った。白塗りの全裸に近い姿故に女子たちを愛する男性客もいるだろう。けれども、変顔もできる壺中天女子たちのダンスは女性客にこそアピールするのではないだろうか。これで壺中天の女子が男子の「バカ」(もちろん賛辞として用いています)に拮抗してきた気がする。ぜひ近い将来、この「バカ」を競う「壺中天・紅白踊り合戦」をやってもらいたいと強く希望する。

2011/07/01(金)(木村覚)

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