2020年07月01日号
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artscapeレビュー

砂連尾理/劇団ティクバ+循環プロジェクト『劇団ティクバ+循環プロジェクト』

2012年10月01日号

会期:2012/09/22~2012/09/23

元・立誠小学校講堂[京都府]

障がいのあるアーティストとそうでないアーティストとが共同制作するドイツの劇団ティクバと日本で同様の活動を志向している循環プロジェクトとが共同で制作した本作。特徴的だったのは、基本的な方法をポスト・モダンダンスから借用し応用しているように見えたこと。たとえば、一時間強の公演のなかで12のパートに分かれた(配布された「砂連尾理 演出のノート」に基づく)最初のパートは「歩く」タスクだった。会場は老朽化した小学校の講堂。観客は中央の床面を四方から取り囲む。6人の男女が横に並び、1人ずつ椅子から立つと前へ歩き、舞台の端まで来ると後ろ歩きで戻る。ただ「歩く」だけ。この振付とは言い難いシンプルな指示は、各人の身体の個性を引き出すのにとても効果的だ。からだが引きつることも、滑らかに歩みが進むことも、車いすを回す腕の力強さも、微細なものだが本作の重要な展示要素となっていた。途中でビー玉がころころと床を斜めに横切った。6人の身体性がビー玉の身体性と等価に置かれ、それによってより一層、各人の身体の物理的な性格(性能)へ見る者の注目が集まる。次のパート「自己紹介──対話の始まり」では、「私は砂連尾理です」と砂連尾が言葉を発すると同じ言葉を隣のメンバーが次々発してゆく。発声も各身体の性能がよく表われるものだ。ダウン症の身体から、その性能を証す個性とともに言葉が出る。性能の露出は、普段ならば差別や批判のもとになるもの。それをこんなにはっきりと展示してよいのかと見ていて少し戸惑う。観客は戸惑いながら、通常の鑑賞で用いる評価の基準を捨て別の尺度を模索する。理想ではなく現実に価値を見出すよううながされる。観客はそうして自由になる。とはいえ、彼らはみな舞台表現者である。公演の成立を揺るがすような、不慣れな身体はそこにはない。みなためらいなく自己を展示している。各人の身体の個性を肯定しながら、本作は作品としての強さを保持し進んでいった。健常者の女性ダンサーが車いすのタイヤを足でそおっとなでるシーンなどほのかにエロティックな場面や、あるいは攻撃的に衝突する場面など、健常者と障がい者の対話(コンタクト)の幅を拡張する試みが豊富に盛り込まれていた。

KYOTO EXPERIMENT 2012 - Osamu Jareo / Thikwa + Junkan Project

2012/09/22(土)(木村覚)

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