artscapeレビュー
紙とデジタルファブリケーション──手と工作機械の折り合い
2012年10月01日号
会期:2012.08.15~2012.09.07
見本帖本店[東京都]
一般的に技術の進歩は私たちの手からものづくりの手段を取り上げ、私たちの大部分は規格化された量産品の消費者に過ぎない存在になっている。その過程においては私たちは価格低下という恩恵も受ける反面、自分の望むもの必要とするものが入手できるとは限らなくなった。量産を基本とした技術体系では、製品のパーソナライズには驚くような費用がかかり、事実上それを困難にしている。しかし近年、比較的廉価な3Dプリンターやカッティングマシンが登場し、個人的なものづくりに新たな可能性が出てきている。PCとプリンタによって、少部数の文書や写真の印刷が家庭で手軽にできるようになったように、工場や専門業者に頼らなくてもデジタルデータを実体に移し替えることができるようになってきたのである。こうした新しいものづくりのかたちを、デジタルファブリケーション、パーソナルファブリケーションと呼ぶのだそうだ。
この展覧会ではカッティングマシンと紙を素材として、ものと人、そして新しいものづくりの方法を見せる。慶應義塾大学田中浩也研究室の学生たちがここで提示しているのは「半プロダクト」。あらかじめ用意されたデータに基づき、カッティングマシンで紙をカットすると同時に折り目加工を施す。出力された状態ではただ一枚の紙片であるが、折り目に従って手で紙を曲げていくと、たとえば立体的で丈夫なコースターができあがる。会場では手作業による折りを体験することができたが、これがなかなか楽しい。本来人間にとってはものを消費することよりも、ものをつくることのほうがずっと多くの効用を与えてくれると思う。しかし、ゼロからのものづくりはハードルが高い。だからこその「半プロダクト」である。一手間を加えることで、それは自分のオリジナルになる。このプロセスは料理にも似ている。マーケットには「お肉と炒めるだけ」「卵を入れるだけ」といった「半プロダクト」が多く出回っている。創造性が入る余地は限定的であるが、出来合いの総菜を買ってくるのとは異なる満足が得られる。そして次の段階はレシピに基づいてすべての材料から買いそろえてつくること。さらにはレシピそのものを工夫することもできる。そうしたレシピは個人だけのものではない。クックパッドのようにネット上で共有され、他の人々からのフィードバックを受け、改良され、変化していく。デジタルファブリケーションでも同じことが起きている。今回の展覧会では出力された紙の折りのみを体験できたが、興味があれば自分でカッティングマシンを購入して好きな紙にいつでも同じデータを出力することができる 。そしてもっと興味があれば、データそのものを自分でつくることも可能だ。新たなデータはアップロードされ、他の人々と共有される。デジタルファブリケーションとは、たんに量産に対抗する新たなものづくりの方法というだけではなく、ものづくりの手段と喜びとを私たちの手に取り戻し、ものづくりを通じた新たなコミュニケーションを生み出す方法なのである。[新川徳彦]
2012/09/07(金)(SYNK)