2020年09月15日号
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artscapeレビュー

芸劇eyes 番外編・第2弾『God save the Queen』(後半)

2013年10月01日号

会期:2013/09/12~2013/09/16

東京芸術劇場 シアターイースト[東京都]

4組目のワワフラミンゴ(『どこ立ってる』)も、性のテーマにアクセスする。冒頭、ガーリー(?)なルックスの女の子が2人現われ、テーブルを前に坐ると、コンビニで購入してきたエロ漫画(男性向け)を交換したり、並んで読んだりする。ウブな照れなど描かれない。だからといって、ストレートな性欲の表現に向かうのでもない。ワワフラミンゴが狙っているのは、小刻みに発生し続ける女のイライラや自尊心や欲望(等身大で、ちっちゃい人間の心)の姿を描いて示すこと、しかもそれをいいものともわるいものとも即断せずに、結論としてイライラしたり尊大だったり欲望を曝したりしている様を「かわいい」と観客に思わせることではないか。ガーリーなルックスもかわいさも、あくまでも女子向け。男への媚びはみじんもない。その分、デリケートにしつらえられたセリフや動作には独特な浮遊感があって、見ていて(男の筆者でも)「かわいい」とつい笑みが漏れてしまう。着眼点がいいのだ。舞台横の扉から腕だけが見えている。たぬきのかぶり物を着けた女(たぬき)が興味を示す。さっと消えた腕に執着したたぬきは、知り合いの女を連れてきてその腕の形をとらせる。例えばこんなささいなシーンに、この劇団のエッセンスが詰まっている。腕の形への執着に、さしたる意味はない。けれども、それだけに、執着の様子が滑稽に見えるし、また執着する様を描くことで独自の審美感が伝わってくる。あるいはけんかして、追いかけっこが始まる。追う側の脚は素早く回転しているのだが、前への推進力にならず空回りする。「待てー」と言いながらの空回りが、かわいくまた滑稽なのだが、その「空回り」の動作をチョイスする着眼点にはっとさせられる。ダンスらしい動きがあるというよりは、こうしたデリケートな動きや形のチョイスにダンスを感じさせられる。
それにしても、今回の5組の劇団名を見ていると生き物の名を冠したものばかり。うさぎ、鳥、フラミンゴ。タカハ劇団のシンボルには鳩が象られているし、Qの名の由来は確か虫という文字に似ていることだったはずだ。なぜ生き物が劇団名に入るのか? そこに女性らしさを見てもいいのか? 生き物=かわいい? それとも、変身願望? 本企画の上演順は、この点であらためて見ると、ほ乳類から鳥類へ、さらに虫(昆虫?)へと進む格好になっている。しかし、Qが今作でとりあげるのは、昆虫ではなく魚類。寿司屋の娘、その友人とアルバイトの女。友人はスルメをおいしそうに食べる。彼女はエイと人間のハーフなのだという。そう、Qにとっても性は重要なテーマ。ただし、いつものように、Qの性は雑種化することに憧れる。人間の男じゃないものへと向かう性欲は、人間の男を否定する。でもそれだけではなく、そこには女のどん欲さ、変身可能性へのエネルギーが溢れている。といっても、その衝動を容易く制御できるわけではなく、女の体ではいつも予期できないなにかが発現しようとしていて、その様を表現する際に役者の身体はなんとも不思議な動作を繰り出す。独特のくせのある発話もそうなのだけれど、発話に引きずられてなのか、身体動作がぎこちなくつなぎ合わされ、ときにはバレエの動きも取り込まれ、奇っ怪でユニークな動きのフレーズが生まれる。Qはそう思えば、ダンスを創作している劇団なのだ。今回見た5組の劇団は、性をテーマにするところや舞台上の身体を扱う意識の高さなど、重なる点が多く、いまの女性作家たちがなにをどう表現しようとしているのかが、とても明瞭に示されていた。そのなかで、Qの「ダンス」は、際立って見えた。女であること、女の身体とともに生きていること、その不思議や戸惑いやいらだちや希望が「ダンス」にぎゅっと凝縮されているのだ。男たちを置いてけぼりにして、女たちが表現をはじめた。いっそ直視できぬほど赤裸々に、徹底的にやって欲しい。その後で、ミサンドリー(男嫌い)と従来からのミソジニー(女嫌い)が互いに自己主張したその果てに、なにが見えるのかが恐ろしくも楽しみだし、そこまでやらなきゃならない事態に至っているのは間違いないからだ。

2013/09/13(金)(木村覚)

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