2020年09月15日号
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artscapeレビュー

劇場版タイムスクープハンター─安土城 最後の1日─

2013年10月01日号

会期:2013/08/31

新宿ピカデリー[東京都]

天皇や武将による大文字の歴史ではなく、名もなき庶民による小文字の歴史。テレビドラマ「タイムスクープハンター」が画期的なのは、前者の歴史観に呪縛された従来の大河ドラマや時代劇とは対照的に、後者の歴史観をみごとに映像化したからだ。ほとんど無名の役者を採用し、手持ちのカメラで撮影した臨場感のある映像には、白々しいセットと大仰で華美な着物、そして不自然極まりない大立ち回りで粉飾された時代劇には望めない、歴史の入口がある。
本作は、そのテレビシリーズの映画版。映画ということも手伝って、いつも以上に有名な役者やお笑い芸人が出演していたが、これが無名の役者によるリアリズムと、タイムワープによって歴史の真相を解明するというフィクションのバランスを著しく欠いていた面は否めない。ただ、そうだとしても、歴史の無名性を鮮やかに浮き彫りにするという本作の本質的な魅力は損なわれていなかったように思う。
何より素晴らしかったのは、博多の商人で茶人の島井宗叱を演じた上島竜兵である。物語のキーパーソンである小男を、彼以外では考えられないほど、みごとに演じた。映画の全体が上島竜兵に始まり、上島竜兵で終わったと言っても過言ではない。
翻って美術の現場に眼を転じたとき、アウトサイダーアートをはじめとする、大文字の美術を解きほぐす脱構築の試みは数々あったにせよ、「タイムスクープハンター」のような優れた視覚表現と比べてみれば、いずれも不十分と言わざるをえない。こう言ってよければ、アウトサイダーアートの限界は、「アウトサイダーアート」という冠によって、その質が正当に評価されにくい点にあるからだ。だが、本作が上島竜兵という突出した才覚に恵まれた役者によって支えられていたように、無名性の美術といえども、いや、だからこそ、その内実の質が厳しく問われなければならないのではないか。

2013/09/12(木)(福住廉)

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