artscapeレビュー

山本聖子「白い暴力と極彩色の闇」

2015年04月15日号

会期:2015/03/03~2015/03/22

Gallery PARC[京都府]

山本がレジデンスで滞在したメキシコ(2013~2014年)とオランダ(2014年)での経験に基づく映像作品によって構成された個展。異文化圏で生活するなかで、個人的、文化的、国家的アイデンティティの均質性と雑種性について、言葉とイメージで考察した「ドローイング(思考地図)」が冒頭に展示されており、個展タイトルに込められた色の象徴性や各作品の構想を読み解く地図として興味深い。
《darkness》では、メキシコの祝い事に用いられる極彩色の紙吹雪が、水槽の中に入れられ、水に溶け出した色彩が、色とりどりの美しい軌跡を描きながら、徐々に混ざり合って茶褐色の濁りになり、最終的にはすべての色を溶かし込んだ黒へと至る過程が映し出される。それは、極彩色の花びらが舞い落ちる散華のような美しい光景でありながら、多数の異質な存在が混じり合い溶かし込まれていくプロセスでもあり、個人的身体と国家のレベルの両方で混血性を抱えた混沌を示唆する。
一方、《unconscious》では、白い防護服とマスクを身に付けた人間が、枯山水の庭園の中に白い石膏像をいくつも設置し、白く塗られたベニヤ板で像を覆っていく過程が映し出される。「白」という色彩は、無垢、純粋、清浄といった意味合いを連想させ、穢れを清める色でもあるが、ここでは特に異質な他者を排除して均質化していく「暴力」の表徴として用いられている。また、白砂や枯山水といった設え、土下座という身振りの反復における儀式性は、「日本」という文脈を否応なく連想させるとともに、防護服とマスクを付けた人間が何かを黙々と「覆っていく」「見えなくしていく」作業は、明らかに3.11以降の日本社会へ向けられた批判が込められている。
黒い闇の中に、無数の差異が潜在して成り立っていること。一方、異質な存在を排除して成り立つ「白」が暴力をはらんでいること。山本の映像作品は、両者がはらむ不可視化の力学と共同体の生成を凝視するよう、迫ってくる。

2015/03/21(土)(高嶋慈)

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