artscapeレビュー

國府ノート 2015

2015年04月15日号

会期:2015/03/17~2015/03/29

アートスペース虹[京都府]

昨年、急逝した現代美術作家、國府理が遺した制作ノート、図面、ドローイングなど、紙媒体の資料が遺族の協力を得て展示/公開された本展。初期作品のプロペラ自転車の展示に加えて、計20冊に及ぶノートは、一部がファイルに収められて実見できるほか、スキャンされた画像データの状態でも見ることができる。90年代半ばに関わったソーラーカーのプロジェクトに関する詳細な設計図や各種パーツの図面もあれば、アイデアを描きとめたドローイング、チラシの裏に落書きしたバイクやクルマの絵も大量にある。國府の作品は、自動車や自転車、パラボラアンテナなどの機械に手を加えて、想像上の乗り物や植物が自生する装置として作り変えることで、乗り物=移動手段がかき立てる夢の世界とテクノロジーへの批判が同居するような性質を持つが、今回展示されたノート類をめくっていくと、バイクや自動車など乗り物への愛と豊かな想像力をベースに、常に手を動かしながら考え、イマジネーションを具現化するための精密な設計図面を描くエンジニア的側面を持ち合わせていたことがよく分かる。國府の作品は、機能を取り去られたオブジェではなく、実際に稼働可能であるものも多いからだ。
本展の後に見た「高松次郎 制作の軌跡」展も、「作品」として公開される以前のドローイングや紙の仕事を多数展示したものであったが、本展もまた、作家の思考の足跡が多角的に浮かび上がる貴重な機会だった。ただこれらは「完成作」として公開を前提に描かれたものではないため、とりわけ作家の死後は、誰がいかなる基準でどのように管理するのかが問題になる。もちろん作家の研究資料としての価値はあるが、例えば、捨てられてしまうようなチラシの裏の落書きを保管するか/しないか、どこまで公開するかの選択は、誰のどのような判断に基づくのか。残された資料を読み解き意味づけるのは歴史家の役割だが、アーカイブは潜在的に(複数の主体の)価値判断の問題をはらんでいる。

2015/03/28(土)(高嶋慈)

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