2020年07月01日号
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artscapeレビュー

鬼海弘雄 写真展 東京ポートレイト

2011年09月01日号

会期:2011/08/13~2011/10/02

東京都写真美術館[東京都]

「ああ、人間がここにいる!」。思わず、そんな独り言を漏らしてしまうほど、鬼海弘雄の肖像写真は、人間の存在感を強く感じさせる、じつに魅力的な写真である。今回発表されたのは、70年代から浅草寺の境内で断続的に撮影された肖像写真のシリーズと、東京の街並みを写したシリーズから選び出された、いずれもモノクロ写真の約200点。とりわけ前者のシリーズは、背景の平面を安定して確保できる浅草寺の境内を定点としたセンスがすばらしいが、それより何より、被写体となった人間のキャラが軒並み立っており、文字どおり片時も眼が離せない。たとえていえば、一癖も二癖もある性格俳優のような人間が次から次へと登場し、その目まぐるしいオンパレードが見る者の眼を圧倒するのである。《花札を模写する男》は、彼が着ているTシャツにプリントされた般若と同じような顔をしているし、《「ただの主婦だ」という婦人》は絶対に只者ではない風貌だ。しかも、彼らが時代の流れに左右されず、いまも昔も、つねに存在しているという事実が、私たちをさらに驚愕させてやまない。通常、定点観測とは、同じ場所で何かしらの変化を読み取る手法だが、鬼海の写真はむしろ同じ場所で同じような人間を記録することによって、次代を貫く人間の本質を炙り出しているところに大きな特徴がある。小奇麗で小賢くになった反面、キャラがますます薄くなり、生きている実感さえ覚束なくなりつつある現代人にとって、鬼海の肖像写真はひとつのモデルとなるだろう。もし、あなたが鬼海の肖像写真の被写体になる機会があるとすれば、どのような衣装で、どのようなポーズで、どのような表情でカメラの前に立つことができるのか。どうすれば、これほど輪郭のはっきりした人間として写真に焼きつけられることができるのか。それを考えながら生きていけばよいのだ。

2011/08/18(木)(福住廉)

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