2022年07月01日号
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artscapeレビュー

2011年11月15日号のレビュー/プレビュー

森美術館「メタボリズムの未来都市展:戦後日本・今甦る復興の夢とビジョン」

会期:2011/10/14

アカデミーヒルズ49[東京都]

森美術館の「メタボリズムの未来都市」展では、1970年の大阪万博で区切りをつけており、それを補完すべく、あまり触れられていない現代の建築家とメタボリズムの関係を考える企画を担当した。初日は、東京の都市を観察し、ヴォイド・メタボリズムを提唱する塚本由晴、生物のメタファーを設計の手法にとりこむ平田晃久、コンテナのユニットを活用する吉村靖孝らが出演した。討議では、菊竹伊東という直系を継承する前衛的な平田と、連続性を重視する塚本の考え方の違いが明確に浮かびあがった。

2011/10/14(金)(五十嵐太郎)

中山岩太 展

会期:2011/10/08~2011/11/20

MEM[東京都]

1930年代の輝かしい「新興写真」の時代を駆け抜けた中山岩太の作品展が、恵比寿・NADiff a/p/a/r/t階上のギャラリーMEMで開催された。中山が他の写真家たちと決定的に違っていたのは、20歳代から30歳代にかけてニューヨークやパリで過ごしていることだ。日本の写真家たちの多くが雑誌や写真集からの知識としてしか身につけることができなかった、欧米の写真モダニズムの息吹を、文字通り浴びるように吸収できたわけで、それが彼の作品に日本ともヨーロッパともつかない不思議なオーラを生じさせている。
今回の展示は10部限定で制作されたモダン・プリントによる『中山岩太ポートフォリオ』(中山岩太の会、2010)をもとにしている。全12点には、第一回国際広告写真展に出品して1等賞を受賞した《福助足袋》(1930年)から遺作となった《デモンの祭典》(1948年)まで、代表作がきちんとフォローされており、行き届いた構成といえるだろう。写真家のネガからの再制作にはいろいろな問題がつきまとう。だが、それが完璧に為される場合は、美術館での展覧会以外は見ることができない作品を身近に置くいい機会になるわけで、今後は他の「新興写真」の写真家の場合も大いに可能性があるのではないだろうか(たとえば安井仲治、小石清、坂田稔、山本悍右など)。むろんその制作においては、今回の比田井一良(銀遊堂)のように、高度な技術を備えたプリンターの能力が一番重要な鍵になることはいうまでもない。

2011/10/16(日)(飯沢耕太郎)

黄金町バザール2011「まちをつくるこえ」

会期:2011/09/02~2011/11/06

京急線日の出駅から黄金町駅の間の高架下スタジオ、周辺のスタジオ、既存の店舗、屋外空地ほか[神奈川県]

ヨコハマトリエンナーレの黄金町エリアをまわる。全体的にアート作品はちょっと弱い。もっとも、あいちトリエンナーレ2010にも出した北川貴好の電球による球体や、同じ素材を2人が撮影する秋山直子/河地貢士のダブル写真は健闘していた。ここは以前と同じ印象だが、圧倒的に街そのものがおもしろい。そして和洋ミックスの竜宮美術旅館には驚かされた。アートを通じて、この空間を体感できたことが最大の収穫だ。

写真は上から、
竜宮美術旅館
志村信裕《lace》(竜宮美術館)

2011/10/16(日)(五十嵐太郎)

アナトリー・チェルカソフ「自然における私の居場所」

会期:2011/10/12~2011/10/25

銀座ニコンサロン[東京都]

アナトリー・チェルカソフは、1935年生まれのウクライナの写真家。農業経済学者として活動しながら、1950年代から写真を撮影しはじめた。当初は「純粋な芸術性」の追求にはそれほど関心はなく、「目に映る周囲の様子をありのままに撮る」ことをめざしていたという。だが、19世紀に流行したプラチナプリントと出会うことで、風景の「触知性」を細やかに撮影し、定着することをめざすようになる。今回の日本での初個展では、そうやって制作された大小50点余りのプラチナプリント作品が並んでいた。
テーマはかなりバラエティに富んでいて、鉱山、発電所などの人工的な建造物を広がりのある風景のなかで捉えた作品もあれば、水辺、森など大自然に溶け込んでいくことを楽しむような作品もある。マイケル・ケンナの風景写真を思わせる簡潔な構図も好んでいて、樹の上に雪が積もっている冬の情景など、典雅な詩情を感じさせるいい作品だ。どこか日本人の好む風景写真の型に通じるものがあるようにも感じた。全体に、プラチナプリントの柔らかく穏やかな質感がうまく活かされていて、品格のある美しさを感じる作品が多かった。「自分は写真家としてはスタートラインにたったばかり」と挨拶の文章で記している。この謙虚な姿勢もいいと思う。

2011/10/18(火)(飯沢耕太郎)

発光する港~香港写真の現在2011

会期:2011/10/17~2011/11/17

ガーディアン・ガーデン[東京都]

ガーディアン・ガーデンで2~3年に一度のペースで開催されている「アジアンフォトグラフィー」のシリーズも7回目を数える。これまで、韓国、台湾、中国などの若手写真家たちを紹介してきたのだが、今回は台湾のキュレーター、呉嘉寳(ウー・ジャバオ)の構成で、香港の9人の写真家たちの作品が展示された。
張偉樂(チョン・ワイロック)、陳偉江(チャン・ワイクウォン)、何兆南(ホ・シュウナム)、余偉建(ヴィンセント・ユー)、呉世傑(ング・サイキット)、謝明荘(チェ・ミンチョン)、蘇慶強(ソ・ヒンキゥング)、何柏基(ホ・パックケイ)、頼朗騫(ライ・ロンヒン)の9人は、1957年生まれの呉世傑から1986年生まれの張偉樂まで、世代的にはかなり幅が広い。だがそこには、ポラロイド写真(頼朗騫)、パノラマ写真(呉世傑、余偉建)、フェイスブックとカメラ付き携帯電話(張偉樂)など、さまざまなメディアを介して画像を加工しつつ、多彩な映像世界を構築していく香港の写真家たちのスタイルがよくあらわれている。画像処理の洗練度は中国本土や台湾の写真家たちより高いが、強度という点ではやや物足りない所もある。だが、陳偉江の体を張った果敢なスナップショットの集積など、これまでとはやや異質な表現も芽生えはじめているようだ。
このような展覧会を見ると、日本も含めた「東アジアの写真表現」のあり方について、あらためてきちんと考えるべきではないかと思ってしまう。単発の展示ではなく、そろそろ東アジア各国、各地域の写真を共通性と異質性の観点から裁断する、より大きなスケールの展覧会やシンポジウムを企画していかなければならないのではないだろうか。

2011/10/18(火)(飯沢耕太郎)

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