2022年07月01日号
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artscapeレビュー

2011年11月15日号のレビュー/プレビュー

進藤万里子「bibo -SP KL TK-」

会期:2011/10/14~2011/11/05

ツァイト・フォト・サロン[東京都]

進藤万里子が「bio」や「body」を連想させる「bibo」というタイトルで作品を発表しはじめてから、もう10年あまりになる。個展の数も今回で10回を超え、蒼穹舍から同名の写真集も刊行されたので、一区切りの時期にきているのは間違いないだろう。
今回の展示にはSP KL TKという記号のようなものが添えられているが、これはサンパウロ、クアラルンプール、東京の略称。つまり、これらの都市で写真が撮影されているということなのだが、鏡やガラス窓に映る像を舐めるように写しとり、モノクロームのロールペーパーに大きく引き伸ばしたプリントを壁から吊るすという作品の内容、形式が最初からまったく変わっていないので、いつ見てもいっこうに代わり映えがしない。この歪んだ画像と、白黒のコントラストを強調したプリントのあり方に進藤が強く執着し、そこに他に変えがたいリアリティを託していることはよくわかる。だがその「変わらなさ」は、近作になるにつれてむしろ表現者としての彼女の首を絞め、彼女自身にも、作品を見るわれわれ観客にも閉塞感を与えているように思えてならない。
自分のやり方に頑固にこだわるという姿勢は、とても大事なことだ。だがそれは時に、一歩踏み出していくという勇気のなさを覆い隠す、言い訳になってしまうことがある。いま、進藤に起こりかけているのがまさにそれだろう。恐れることはない。固定してしまった自らの作品世界を突き崩し、さらに先に進むべきだ。

2011/10/19(水)(飯沢耕太郎)

柴田敏雄「concrete abstraction」

会期:2011/10/07~2011/11/06

BLD GALLERY[東京都]

「concrete abstraction」という展覧会のタイトルは実に気がきいている。concreteは「具体的な、有形の、実際の」という意味だからabstraction(抽象)の反対概念だ。だが同時に「コンクリートの」という意味もあり、柴田の作品の被写体のほとんどすべてに、この「コンクリート(セメント)」で固められた建造物が写っている。しかも今回展示された写真に写っているそれらの多くは、モザイク状の平面的なパターンを強調して撮影されており、あたかも抽象画のように処理されている。concreteとabstractionという言葉の意味作用が、二重、三重に錯綜し、絡み合っているのだ。
このような遊び心のあるタイトルを付けるところに、柴田敏雄の写真家としての余裕を感じることができる。4×5インチ、20×24インチ、40×50インチの大小三種類のサイズのプリントを、効果的に配置した展示プランにも同じことを感じる。2000年代以降、プリントの方式をモノクロームからカラーに変えることによって柴田のなかに育ってきている、軽やかに弾むような表現の歓びを、今回の展示でもはっきりと感じとることができた。もうひとつ、「コンクリート」とともに目立っていたのは、ダム、水路、滝などさまざまな形態をとる水の表情への強い関心だ。コンクリートの強固な物質性を和らげ、時には完全に解体してしまう融通無碍な水のパワーは、やはり柴田の作品世界のありかたを大きく変えつつあるのではないかと思う。それが、これから先どんなふうにかたちをとっていくのかが楽しみだ。

2011/10/19(水)(飯沢耕太郎)

丸山純子「ユートピア トトピア」

会期:2011/08/06~2011/11/06

横浜市中区本町6丁目第二公区[神奈川県]

馬車道駅のすぐ近くに位置する50メートル四方ほどのアスファルトの地面に、廃油からつくった石鹸の白い粉で大きな花の絵を描くプロジェクト。その空地に隣接する宇徳ビル4階にスタジオを構える丸山が発案し、関係機関と交渉して実現させたもの。花の直径だけでも30メートルくらいあるので、地表からだとなにが描いてあるのかわからないが、宇徳ビルやランドマークタワーの上階からならよく見える。また、雨が降ると流れてしまうのでそのたびに描き直さなければならず、実際9月に見に行ったときには台風の後だったためなにも見られなかった。今回は宇徳ビル8階のガラス張りの部屋からながめる。何度も描き直しているため、しかもそのつど違う花を描いているため、わずかながら以前の線が何本も残り、図らずもマティスのドローイングのように生動的な効果を生み出している。これはいいかも。

2011/10/20(木)(村田真)

森美術館「メタボリズムの未来都市展:戦後日本・今甦る復興の夢とビジョン」

会期:2011/10/20

アカデミーヒルズ49[東京都]

若手建築家とメタボリズムの関係を探るシンポジウムの第2弾である。 藤本壮介は海外でよくメタボリズムとの関係を質問されるが、単位を集積したデザインをしつつも、人がどう振る舞うかに関心があるという。藤村龍至は超線形論と生命の比喩、大胆な構造など、デザインにおける類似性を説明した後、建築家2.0について語った。

2011/10/20(木)(五十嵐太郎)

榎忠展──美術館を野生化する

会期:2011/10/12~2011/11/27

兵庫県立美術館[兵庫県]

そして、そしてそしてそして神戸。まずはエノチュー展の開かれている兵庫県美へ。港を望むこの地にはかつて製鉄所があったというから、エノチューが鉄の匂いを嗅ぎつけてきたのか、磁石のように引きつけられてきたのか、いずれにせよ鉄、鉄、鉄の展覧会。アメリカ製のコルトとロシア製のカラシニコフを型どりした鉄塊がずらりと並ぶ通路を進んで展示室に入ると、工作機械の部品で組み立てた巨大な大砲が5、6点鎮座している。かっこうだけの大砲もどき、と思ったらちゃんと撃てるやつもあるというから驚く。裁断機にかけられた鉄片に油を塗った《ギロチンジャー1250》は、色つやといい肌触りといい陶器のようだし、部分的にカットされた巨大な鋼管《テスト・ピース》はまるで原口典之の彫刻だ。最後は旋盤で機械部品を削って塔のように何百本も林立させた《RPM-1200》。このインスタレーションはこれまで見たなかでは最大規模で圧巻。……なのだが、見終えてやや食傷気味になる一方で、なにかもの足りなさを感じてしまうのも事実。それは、彼の作品の大半が工場で偶然にできた形態か、さもなければ大砲のように廃材を組み合わせて別のかたちにしたものだからかもしれない。いってみれば、鉄だけにハードばかりでソフトが伝わってこないというか。おそらく鉄以外のパフォーマンスも含めた彼の全体像を見れば、また違った印象を受けただろう。

2011/10/21(金)(村田真)

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