2022年01月15日号
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artscapeレビュー

2012年07月15日号のレビュー/プレビュー

「JCDデザインアワード2012」公開審査

東京デザインセンターガレリアホール[東京都]

東京デザインセンターにて、JCDデザインアワード2011の審査を担当した。今年の特徴は、アジアから力強い造形をもつ作品がかたまりになって応募されたこと。個人的には一押しがなく、最後に残った金賞の6作品もあまり予想しなかった展開だった。ファイナルの審査で議論になったのは、主に以下の3作品である。藤井信介の「鎌倉萩原精肉店」は、店主の顔がいい。これも含めてインテリア・デザインがなされている。建築的には、新しい空間の形式を大胆に提案しているという点において、HAP+米澤隆の「公文式という建築」が評価できるだろう。一方、宇賀亮介の「まちの保育園」の応募パネルは、スナップ写真を多く貼り、建築のデザインよりも、人々のアクティビティを伝えようとしていた。即決で結果を出すなら、精肉店か公文式だろう。が、議論が長引くに連れて、だんだんと保育園のおもしろさがわかってくる。噛めば噛むほど味がでるのだ。まちとつなぐための建築の構成にも提案がある。写真一発のデザインではない。だが、デザインが社会に対してできることへの可能性を切り開く。このことが審査員のあいだで共有されたとき、僅差で「まちの保育園」が大賞に選ばれることになった。

2012/06/23(土)(五十嵐太郎)

森山大道『カラー color』

発行所:月曜社

発行日:2012年4月30日

森山大道がカラーで、しかもデジカメで東京を撮り始めたと聞いてから、もう4年あまり経つ。その2008~2012年までの成果をまとめた、最初の「カラー本」が月曜社から刊行された。
森山=ハイコントラストのモノクロームというイメージには強固なものがあるが、本人にはもともと、周りが思っているほどのこだわりはなかったのかもしれない。荒木経惟もそうだが、森山も人体実験的に新たなスタイルを模索し続けてきた写真家であり、デジタルカメラへのシフトもごく自然体で為されたのではないだろうか。例によって、見開き裁ち落としで表紙から最終ページまでアトランダムに写真がぎっしりと並ぶ構成をとるこの写真集でも、カラーだから、デジタルだからという気負いはまったく感じられない。むしろ、被写体の選択、切り取り方などに強く表われている、森山特有のフェティッシュな嗜好は、モノクロームとまったく変わりがなく、逆に拍子抜けしてしまうほどだ。
だが、当然ながら、色という要素が加わることで、感情を不穏にかき立てる生々しさがより強まっていることはたしかだ。とりわけ、圧倒的な存在感で目に飛び込んでくるのは「赤」の強烈さである。ケチャップとも血ともつかない毒々しいほどの原色の「赤」は、デジタルカメラを使うなかで森山が発見したものだろう。この「赤」だけではなく、くすんだ灰色の印象が強い東京の街のそこここに、黄、緑、青などの原色がかなり氾濫していることにあらためて気づかされた。
今のところまだ第一歩であり、「カラー本」の試行錯誤はさらに続きそうだ。決定版が出るまでには、まだもう少し時間がかかるかもしれない。

2012/06/24(日)(飯沢耕太郎)

安世鴻写真展「重重 中国に残された朝鮮人元日本軍『慰安婦』の女性たち」

会期:2012/06/26~2012/07/09

新宿ニコンサロン[東京都]

文字どおり重々しくて長ったらしく、過剰に反応する人たちもいるらしいタイトルとは裏腹に、写真そのものはきわめて淡々としている。写されているのは、中国のどこかの田舎町を背景にした老婆たち。室内も衣服も質素で飾り気がなく、表情はおしなべて暗い。なかには泣いている人もいる。それをツヤのない和紙のような紙に粒子の粗いモノクロームプリントで焼き付けている。画面がどれもわずかに斜めに傾いているのは、被写体の不安定さを表わすと同時に、三脚を使わない撮影者と被写体の近さも証しているのだろう。作品そのものからは特別に政治性を感じることはない。つーか、そもそもあらゆる作品は政治性を含んでいるわけだし。ある種の人たちが過剰に反応するのは写真ではなくタイトル、つまり言葉に対してだろう。でもこれは言葉の展覧会でなく、写真展だ。それともニコンは写真を見る目がないのだろうか。いずれにせよ、ニコンの起こしたドタバタ騒動が結果的にこの写真展の宣伝に大きく役立ったことは間違いない。じつはそれがニコンの作戦だったりして。

2012/06/28(木)(村田真)

マウリッツハイス美術館展──オランダ・フランドル絵画の至宝

会期:2012/06/30~2012/09/17

東京都美術館[東京都]

オランダのハーグにあるマウリッツハイス美術館は、規模こそ小さいけれど、アムステルダムの国立美術館と並んで黄金時代と呼ばれる17世紀オランダ絵画の宝庫。今回は美術館の拡張工事で長期休館するため、コレクションの一部が貸し出されることになった。展示は6章に分かれ、第1章はマウリッツハイスゆかりの人たちや建物を描いた自己言及的な「美術館の歴史」。なかでもレンブラントの《ニコラース・テュルプ博士の解剖学講義》が飾られた展示室を描いたアントーン・フランソワ・ヘイリヘルスの作品は、画中画愛好家には垂涎もの。なんでこの絵の複製画や絵葉書が売ってないの? 第2章が「風景画」で、第3章はルーベンスやレンブラントらの「歴史画」。歴史画なのにどれも小さいのが残念だが、ルーベンスの場合小さい(つまり下絵)がゆえに本人の真筆であることが間違いないので、むしろ弟子に描かせた大味な大作より貴重だ。「歴史画」の最後はフェルメールの《ディアナとニンフたち》で、階上の第4章「肖像画と『トローニー』」につながっていく。エスカレータで上ると大きな展示室の奥にただ1点、フェルメールの《真珠の耳飾りの少女》が置かれている。さっそく単眼鏡を取り出してつぶさに観察してみると、お肌が妙にスベスベで現実味に欠けていて、これはやはり特定のモデルを描いたのではないトローニーに違いない。この章にはほかにもヴァン・ダイクによる裕福な夫妻を描いた対の肖像画、フランス・ハルスの闊達な筆さばきによる少年像、レンブラントの初期と晩年の自画像を含む肖像画もあって、密度が濃い。第5、6章はいかにもオランダ絵画らしい「静物画」と「風俗画」が続き、けっこう満腹になった。なのに《真珠の耳飾りの少女》ばかりが話題になって、もったいない。

2012/06/29(金)(村田真)

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衍序建築展─後設數位時代的新維度 Procedural Architecture - Resolution in the Age of Meta-Digital

会期:2012/05/25~2012/06/30

MOCA Studio[台湾・台北市]

台北当代芸術館のTAIPEI MOCAにて開催されたデジタル系建築の展覧会を見る。台湾の国立交通大学で教鞭を執るNOIZ ARCHITECTSの豊田啓介さんがキュレーターとなり、同校とETHが共同し、ワークショップ形式で茶室などの1/1の空間モデルを制作したものだ。考えてみると、日本では卒計イベントなどにおいて、むしろ模型の表現が重要になっているが、こうしたコンピュータを使う設計教育に特化した学校があまりない。とはいえ、デジタルな設計のプロセスと最終的な成果物の完成には手仕事が介入するアナログな作業の融合が興味深い。現物は展示されていなかったが、ETH側のプロダクトとして、薄い膜の群れが自動的に変形する映像が紹介されていたが、これはまるで生き物だ。

2012/06/29(金)(五十嵐太郎)

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