artscapeレビュー
2013年06月01日号のレビュー/プレビュー
渋谷慶一郎+岡田利規+YKBXほか『THE END』
会期:2013/05/23~2013/05/24
Bunkamuraオーチャードホール[東京都]
先日、富田勲による「イーハトーヴ交響曲」がNHKで放送されていた。初音ミクを交響曲に導入するというこの作品の試みは、ニコニコ動画という枠を超えて、電子音楽の大家によってもヴォーカロイドが活用されうることを告げていた。なるほど、富田に留まらず、こうした試みは今後、ぼくらの想像力を超えた仕方で多様な分野へと広がってゆくのだろう。『THE END』は、まさにそうした初期初音ミクの実験のひとつとして後に振り返られる一作ではあろう。YKBXの強烈な映像世界は、パフォーマーの(渋谷慶一郎は舞台の陰で演奏をしてはいるとしても)いないオペラが、映像だけでもちゃんと舞台を満たしうることを証明した。ほかにもマーク・ジェイコブス(ルイ・ヴィトン)による衣裳や、ロビーを飾っていた等身大(?)のフィギュアなど、初音ミクという存在の魅力を新しく展開する要素はいくつも見られた。とはいえ、本作の中心となる初音ミクをめぐる物語的要素には、共感も新味な感動もほとんどえられなかった。とくに人間と同様の死が初音ミクに待っているという内容の前半のセリフには違和感があった。初音ミクが人間ではない(故に死が不可能)であることこそ、初音ミクとぼくら人間とを結びつける切ない絆を構成するものではないか、そう思うからだ(その点「わたしは初音ミク かりそめのボディ」などの富田「交響曲」に表われる歌詞のほうが説得力がある)。もちろん、今後、初音ミクになにかの役を演じさせるという試みも起きるだろうし、渋谷と岡田のアイディアもそうした志向の一種なのかもしれない。しかし、そうであるならば、なにかを「与えてもらう」ことで自分は存在しているというセリフが後半に出てきて再び戸惑ってしまうのだ。これは人間的な死という文言とは別種のきわめて初音ミク的な実存を語るものであり、その点を重視するなら、前半と後半のつじつまがあわない。プログラムでの渋谷の発言を参照すると「死」というテーマは、どうも初音ミクの存在からというよりも、オペラという音楽ジャンルの現状から引き出されたものらしい。オペラは「すでに死んだメディア」というきわめてステレオタイプな考えに渋谷は依拠している? これだけとは言いきれないが、ようするに渋谷の創作の背景から「死」というテーマが導き出されているようで、そうした作家性と初音ミクという素材との相性がぼくはあまり良くないのではと思ってしまった。ボカロPたちが、競って初音ミクに歌を歌わせているニコニコ動画の楽曲たちは、初音ミクという存在から引き出された言葉に魅力を感じさせられるものが多い。しかし、ボカロPのアプローチは既存のJポップ的なセンスに縛られすぎに映ることもある。だから、そうしたなかにあって渋谷のような作家の音楽性が現状を変化させることには価値があるはずだ。とはいえ、初音ミク的想像力に起因するものでないのならば、そうした試みは優れたあだ花としてしか残らないのではないかと危惧してしまう。
2013/05/23(月)(木村覚)
幸之助と伝統工芸
会期:2013/04/13~2013/08/25
パナソニック汐留ミュージアム[東京都]
「経営の神様」と呼ばれた松下幸之助(1894-1989)は、伝統工芸の支援者でもあった。1960年には日本工芸会近畿支部支部長に就任。1977年には日本工芸会の名誉会長に就任している。個人としてばかりではなく、企業としても松下電器産業(現・パナソニック)は日本伝統工芸展において1992年より「パナソニック賞」(2007年度までは「松下賞」)を提供してきた。インターネット上の「伝統工芸ミュージアム」づくりにも協力してきたという。パナソニック汐留ミュージアムの開館10周年を記念して開催されている本展は、松下幸之助と伝統工芸との知られざる関わりを、彼のことばや蒐集品、関わりのあった工芸家の作品を通じて振り返る展覧会である。
幸之助は40歳を過ぎたころから茶道に関心を持つようになった。そして茶道に携わるなかで、茶道具を制作する工芸家たちにも関心を寄せるようになり、工芸家の団体である日本工芸会を知るようになったという。展覧会第1章は「素直な心」と題して、幸之助と茶道との関わりを見る。彼は楽一入(1640-96)、楽宗入(1664-1716)の黒楽茶碗を好んで用いたというが、三輪休和(1895-1981)、荒川豊蔵(1894-1985)ら、同時代の作家たちの作品も蒐集していた。そして茶道具からはじまった工芸家との関わりは、その他の伝統工芸品に拡大する。第2章「ものづくりの心」では、陶芸、染織、漆芸、金工など、幸之助と関わりの深い工芸家たちの作品が紹介される。1979年に当時の松下電器産業本社で撮影された写真には、森口華弘(友禅作家、1909-2008)、黒田辰秋(木工・漆芸作家、1904-1982)、角谷一圭(金工作家、1904-1999)、羽田登喜男(友禅作家、1911-2008)の姿を見ることができる。展覧会のコピーに「伝統工芸は日本のものづくりの原点である」というあるように、彼は電球ソケットから始まった自身のものづくりと、伝統工芸の精神を重ねてみていたに違いない。だからこそ、彼はただ美を愛で作品を求めるばかりではなく、ものをつくる人との関わりを大切にし、ものづくりの精神を支援してきたのであろう。[新川徳彦]
2013/05/24(金)(SYNK)
若林剛之『伝統の続きをデザインする──SOU・SOUの仕事』
「SOU・SOU(そうそう)」は、京都を中心に地下足袋など和装を製造販売するデザインユニット。本書はその代表を務める若林剛之がSOU・SOUというオリジナルブランドを立ち上げるまでの経緯と、日本の伝統文化や技術について語ったものである。SOU・SOUの公式サイトに書かれていた「SOU・SOUへの道」という文章を加筆したもののようで非常に読みやすい。日本の伝統文化と技術にこだわりながらも、ポップなスタイルで国内外において根強い人気を得ているSOU・SOUの話と、著者・若林剛之のブランディング経験が内容の中心となっているが、読み進めていると日本の伝統文化の良さや真のグローバル化とはなにかについて考えさせられるところも多い。[金相美]
2013/05/31(金)(SYNK)
プレビュー:マギー・マラン『サルヴズ』
会期:2013/06/15~2013/06/16
彩の国さいたま芸術劇場[埼玉県]
今月は珍しく海外の作品、マギー・マランの『サルヴズ』に期待したい。マランは、カンパニー・マギー・マランを率いるフランス・ヌーベルダンスの代表的女性振付家。1981年の作品『メイ・ビー』が異例のロングラン・ヒットを記録したことでも知られている彼女だが、2010年に初演された今作では、舞台上にさまざまな災難、悲劇的な出来事、怒りや悲しみの世界が展開するのだという。ネット上で公開されている動画を見ると、ゴヤやドラクロワの戦争・革命を主題とした絵画作品が舞台上を行き来するなど、たんに個人の問題に留まらない人類史を意識させる仕掛けが用意されているようだ。ピナ・バウシュの作品とも通底している演劇的な要素が含まれたダンスを得意とするマランが、社会の矛盾をどう舞台化し、それとどう向き合っているのか、そしてそうした取り組みがぼくたち東日本大震災以後を生きている日本人にどう響くのか、それを客席で確認したい。
2013/05/31(金)(木村覚)