2020年10月15日号
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artscapeレビュー

2015年06月15日号のレビュー/プレビュー

須田一政「筋膜」

会期:2015/05/01~2015/05/31

Gallery Photo/synthesis[東京都]

「筋膜」というタイトルは、東京・四谷のGallery Photo/synthesisのメンバーの後藤元洋によるもののようだ。「頭から指先まで全身を包み込んでいる膜」に託して「須田一政の内部」を見てみたいという願望を込めた企画であり、展示は「須田一政氏がその自宅と家族のみを撮った写真で構成」されていた。
たしかに並んでいるのは、カメラを構える鏡に映ったセルフポートレートをはじめとして、雑然としたモノがあふれる自宅の内部、どこか曖昧な姿で写り込んでいる奥さんや娘さんなどのスナップ写真群だ。にもかかわらず、それらに「私写真」的な閉塞感がまったく感じられず、どこか醒めた距離感を感じさせる写真が多いのが面白い。後藤が指摘するように、これらの写真群はむしろ「須田の外部、『他者』『街』の写真」とストレートに結びついているように思えた。要するに、須田にとっては「内部」も「外部」もコインの裏表であり、「内部」は素っ気なく突き放して、「外部」は逆に生々しく身体化して撮影しているのではないだろうか。両者を自在に行き来する通路が、写真にはっきりとあらわれてきているようにも思える。
展示の仕方にも工夫が凝らされていた。いつもはフレームに入れられた写真が、淡々と壁に並んでいることが多いのだが、今回は印画紙を直接ピン留めしたり、大伸ばしにしたり、額に入れたりして、むしろノイズを積極的に活かそうとしている。このところ、須田の写真家としての活動には弾みがついてきているように感じる。新作をどんどん発表してほしいものだ。

2015/05/09(土)(飯沢耕太郎)

ディズニー美術

会期:2015/04/28~2015/05/10

KUNST ARZT[京都府]

ディズニーのキャラクターの引用・参照・置換といった表象の操作を行なう現代美術作品を通して、著作権と表現の自由、イメージの大量消費社会、現代社会批判としてのアートの意義を問いかける意欲的なグループ展。
企画者でもある岡本光博の作品は、ミッキーマウスのぬいぐるみの頭部を切り取り、使用可能ながま口ポーチとしてつくり替えたもの。吊るし首のように並べられたそれらは、キャラクターとしての同一性のなかに、色や目鼻立ちの多様なバリエーションを含み、それ自体がオリジナルとコピーの曖昧さを露呈させているようにも見える。また、切断した手足を縫い合わせた立体作品も展示され、マイク・ケリーへの参照ともなっている。福田美蘭の《誰ヶ袖図》は、桃山時代から江戸時代にかけて流行した、華やかな女性の衣裳を衣桁や屏風にかけて描く「誰ヶ袖図屏風」の形式を引用し、着物の代わりに様々なディズニーキャラクターのコスチュームを描き込んでいる。また、屏風には中東での日本人人質事件に関する画像が画中画として描き込まれ、「夢の国」の断片と映像越しの「現実」が混交した違和の風景をつくり上げる。両者の作品は、記号化されたキャラクターの引用のなかに美術史への参照を織り交ぜるとともに、社会に対するクリティカルな視点を提示している。
入江早耶の《ディズニーダスト》は、絵本に描かれたキャラクターを消した際の消しカスを練り上げてミニフィギュアを成形したもの。王子とドラゴン、白雪姫と魔女、ピーターパンとフック船長といった、善/悪の対立するキャラクターが、一つに合体したキメラ的な姿につくり替えられている。アメリカという国の背後にある善悪二元論の単純な世界観を浮かび上がらせるとともに、無効化が企てられている。
ピルビ・タカラの《Real Snow White》は、白雪姫のコスプレをした作家が、パリのディズニーランドに入場しようとして警備員に止められ、着替えさせられるまでの顛末を追ったパフォーマンスの記録映像。コスプレ姿の作家にサインをねだって集まる子供たちに対して、「本物」は園内にいると説明する警備員。作家と押し問答を繰り広げる様子からは、企業の著作権管理の生々しさや、架空の存在であるはずのキャラクターの「リアル」の認識をめぐる転倒したあり方が浮かび上がる。高須健市の作品は、ディズニーの登録商標をひっくり返した図像を商標登録として申請しようとする試み。特許庁の判断が下りるのは半年後とのことだが、ピルビ・タカラのパフォーマンス同様、アーティストがあえて戦略的に「敗け戦」を仕掛けることで、管理や排除の構造を露呈させることが企図されている。
知的財産の権利は守られるべきだが、「コピー商品」など商標の不正使用による著作権侵害と、アートとしての表現の自律性は明確に区別される必要がある。一方、表現者や美術関係者が過度に自主規制を行なえば、アートが本来持っている批評性は失われていくだろう。社会に対して圧倒的に弱い立場にあるアートと社会の関係を考えていく上で、本展の投げかける問いや果たす意義は大きいと思う。


会場風景 左:福田美蘭《誰ヶ袖図》 中央と右:岡本光博《Suhama / Recycling kills the copyright》 撮影:澤田華




2015/05/10(日)(高嶋慈)

イキウメ「聖地X」

会期:2015/05/10~2015/05/31

シアタートラム[東京都]

世田谷のシアタートラムにて、イキウメの「聖地X」を観劇する。前に見た原発の寓意とも解釈しうるようなイキウメの作品「獣の柱」がとても面白かったので、再び足を運んだが、「聖地X」も人間の記憶/情報/思いがそのまま物質化する場というSF的な設定と超越的な不思議さを共有している。しかも、この作品は日常的な笑いの要素がとても多く、文句なしによかった。特に山田輝夫役の安井順平の演技がツボだった。

2015/05/10(日)(五十嵐太郎)

THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦

押井守監督の『THE NEXT GENERATION ─パトレイバー─』を見る。やはり、光学迷彩ヘリの戦闘シーン、謎の飛行物体の空撮による「東京スキャナー」や水路からの視点を提示した「東京静脈」を彷彿させる都市の映像はカッコいい。が、現在はすでにドローンの時代であり、リアルに政治がきな臭くなっている。押井が監修した六本木ヒルズ・オープンの頃の映像の感覚だと、ズレが生じているかもしない。

2015/05/11(月)(五十嵐太郎)

林明輝『空飛ぶ写真機』

発行所:平凡社

発行日:2015年5月12日

『水のほとり』(愛育社、2001年)、『森の瞬間』(小学館、2004年)など、クオリティの高い風景写真集を刊行してきた林明輝は、近頃何かと話題になっているドローン(マルチコプター)にカメラを搭載して、2013年から全国各地を撮影しはじめた。ヘリコプターやセスナからの航空写真では、150メートル以下の高度での撮影はできない。だが、ドローンならかなり低い高度からでも撮影可能なので、カメラアングルや構図を自由に選択できる。まさに「鳥の目線だけでなく、時には昆虫の目線で」見た眺めを定着できるということだ。撮影機材が軽量化したことも大きかった、2400万~3600万画素という高画質であるにもかかわらず、重さは1キログラム程度のミラーレス一眼レフカメラの出現で、飛行時間が数分から20分に伸びたという。
結果として、「撮り尽くされたと思われる有名な景勝地であっても、新鮮な風景」が見えてくることになった。たしかに北海道から沖縄まで、四季とりどりの風景写真をおさめた写真集のページを繰ると、地上からの眺めとしては見慣れたものであっても、上方から思いがけない角度で見下ろした風景は、浮遊感を生み出す思いがけないものになっている。ただ、今のところはまだ「有名な景勝地」のネームバリューに頼っている写真も目につく。氷の穴の中に水が落ち込む「石川県/百四丈滝」の滝壺の写真のように、無名の景観に新たなピクチャレスクを再発見していくことが、さらに求められていくのではないだろうか。
なお、写真集の刊行にあわせてソニーイメージングギャラリー銀座で同名の写真展が開催された(前期5月1日~14日、後期5月15日~28日)。同展は来年4月まで山形、横浜、大田(島根県)、広島、東川(北海道)、富山などに巡回する予定である。

2015/05/13(水)(飯沢耕太郎)

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