artscapeレビュー

2020年02月01日号のレビュー/プレビュー

笠木絵津子『私の知らない母』

発行所:クレオ

発行日:2019年12月21日

笠木絵津子は1998年の母の死をきっかけにして、その記憶を写真で辿り直す作品を制作し始めた。最初は、母が写っている戦前の家族アルバムの写真を題材にし、その中に母の着物や服を着た笠木自身の姿を埋め込むシリーズに取り組んだ。朝鮮咸鏡北道、台湾高雄市、満洲国撫順市など、母とその一家の足跡を辿る作品は縦横数メートルの大きさとなり、実際に現地に足を運んで撮影した風景に母や自分の写真を合成するようになる。母の死後20年あまりを経た2019年の藍画廊での個展「『私の知らない母』出版記念新作展」で、そのプロジェクトは一応完結し、今回同名の写真集が刊行された。

鈴木一誌、下田麻亜矢、吉見友希がデザインした本書は、120ページを超す大判写真集である。同シリーズの代表作が網羅されているだけでなく、それぞれの写真がどんなふうにでき上がってきたのかというバックグラウンドが、詳細かつ丁寧に綴られている。このユニークな作品は、笠木自身の個人史の再構成というだけでなく、一家族の移動によって見えてくる、戦前の日本とアジア諸国との関係の見取り図でもある。同時に、デジタル化による画像の加工や合成が可能となることで、はじめて成立した作品ともいえるだろう。笠木の粘り強い試みは、家族の写真をテーマにした作品づくりを考えているより若い世代にも、さまざまな示唆を与えてくれるのではないだろうか。

関連レビュー

笠木絵津子「『私の知らない母』出版記念新作展」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2019年07月01日号)

2020/01/22(水)(飯沢耕太郎)

カタログ&ブックス | 2020年2月1日号[テーマ:陶芸]

テーマに沿って、アートやデザインにまつわる書籍の購買冊数ランキングをartscape編集部が紹介します。今回のテーマは、「陶芸」。東京・世田谷区の静嘉堂文庫美術館で開催中の「―「鉅鹿」発見100年― 磁州窯と宋のやきもの」展(2020年3月15日まで)や、長野県諏訪市のサンリツ服部美術館「数寄のデザイン」(2020年3月8日まで)、高浜市やきものの里かわら美術館の「やきもの王国 ―中世猿投窯と常滑窯―」展(2020年3月22日まで)など、国内外のうつわや茶道具をテーマにした展覧会が複数開催されているのにちなみ、「陶芸」という言葉に関連する書籍の購買冊数ランキングトップ10をお楽しみください。
ハイブリッド型総合書店honto調べ。書籍の詳細情報はhontoサイトより転載。

「陶芸」関連書籍 購買冊数トップ10

1位:はじめまして、ルート・ブリュック

著者:ルート・ブリュック
発行:ブルーシープ
発売日:2018年12月14日
定価:2,000円(税抜)
サイズ:19cm、205ページ

1940年代から80年代にかけて活躍したフィンランドの陶芸家・アーティスト、ルート・ブリュック。作品を紹介するとともに、その魅力の秘密を、さまざまな分野で活躍するクリエイターたちが語る。本体は背表紙なし糸綴じ。

2位:永遠なれ魯山人 この型破りな才能、後にも先にも見あたらず 北大路魯山人没後60年記念(別冊太陽 日本のこころ)

監修:山田和
発行: 平凡社
発売日:2019年6月26日
定価:2,500円(税抜)
サイズ:29cm、151ページ

陶芸、書、絵画、篆刻、漆芸、そして料理と、幅広い芸術分野で卓抜な才能を発揮した総合芸術家・北大路魯山人。彼の作品と彼が遺した言葉を通して、その人生の軌跡を振り返る。北大路魯山人没後60年記念。

3位:天目 てのひらの宇宙(別冊炎芸術)

発行:阿部出版
発売日:2018年12月10日
定価:2,500円(税抜)
サイズ:29cm、179ページ

多くの陶芸家が挑戦する天目。日本の近代巨匠や、注目を浴びている現代作家の作品をはじめ、中国から渡来した天目の名品と種類、今なお謎につつまれているその歴史などを紹介する。『炎芸術』掲載を再編集し書籍化。

4位:炎芸術 見て・買って・作って・陶芸を楽しむ No.137(2019春)特集茶人・千宗屋と現代の茶碗

発行: 阿部出版
発売日:2019年2月1日
定価:2,000円(税抜)
サイズ:29cm、158+4+6ページ

特集:茶人・千 宗屋と現代の茶碗
現代の陶芸家の多くが最も作りたいものとして「茶碗」を挙げますが、使い手との交流が少なくなり、鑑賞用の存在になってきています。
本特集では、新しい時代の茶の湯を牽引する茶人・千 宗屋氏に現代の茶碗に求めることを語っていただきます。

5位:麗しの酒器 見て・買って楽しむ(別冊炎芸術)

発行:阿部出版
発売日:2019年4月1日
定価:3,000円(税抜)
サイズ:29cm、195ページ

日本の酒文化には、日本独自の「やきもの文化」の伝統が深く根付いている。陶芸家の酒器の魅力を、注目作家・現代作家・巨匠の3つに分けて、それぞれ作家別に紹介する。酒器の楽しみ方、全国ギャラリーガイドも掲載。

6位:日本やきもの史 カラー版 増補新装

監修・執筆:矢部良明
発行:美術出版社
発売日:2018年3月22日
定価:2,500円(税抜)
サイズ:21cm、223ページ

縄文時代から平成の現代まで、日本の陶磁・やきものについてのすべてをコンパクトな一冊にまとめた陶芸全史。オールカラーで296点の作品を掲載し、巻末に日本陶磁の技術・様式系統図などの参考資料も付す。

7位:河井寬次郎 京都国立近代美術館所蔵作品集川勝コレクション

著者:河井寬次郎
編集:京都国立近代美術館
発行:光村推古書院
発売日:2019年5月1日
定価:2,700円(税抜)
サイズ:21cm、367ページ

「川勝コレクション」として京都国立近代美術館に収蔵されている河井寬次郎の作品425点をオールカラーで収録する。陶芸作品を中心に、初期から最晩年にいたるまでの代表的な作品を網羅。河井寬次郎年譜も掲載。

8位:陶工房 No.93(2019)器の見どころがわかる陶芸の教科書(SEIBUNDOmook)

編集:陶工房編集部
発行:誠文堂新光社
発売日:2019年5月21日
定価:1,800円(税抜)
サイズ:30cm、119ページ

特集:器の見どころがわかる 陶芸の教科書
お気に入りの器を「知る」「買う」「作る」ために必要なことを、ぎゅっと凝縮して7つのレクチャーに仕立てました。
はじめて作家ものを買いに行く人も、目利き道を極めたい人も、器つくりをより深化させたい人も、知っておくと役に立つ知識をまとめた「教科書」です。
本号を読めば、改めて陶芸の魅力にふれることができる、そんな内容の大特集になっています!

9位:井戸茶碗の真実 いま明かされる日韓陶芸史最大のミステリー

著者:趙誠主
翻訳:多胡吉郎
発行:影書房
発売日:2019年8月30日
定価:2,500円(税抜)
サイズ:19cm、197ページ

日本では国宝ともなった茶碗の王者・井戸茶碗は、原産地・朝鮮ではどんな器だったのか? 土と炎を熟知した韓国人陶芸家が、製作時期、場所、用途など多角的なアプローチから謎の名碗の真実に迫る。訳者による現地訪問記付き。

10位:炎芸術 見て・買って・作って・陶芸を楽しむ No.140(2019冬) 特集女性陶芸家の瑞々しい力

発行:阿部出版
発売日:2019年11月1日
定価:2,000円(税抜)
サイズ:29cm、156+4+6ページ

特集 女性陶芸家の瑞々しい力
●巻頭インタビュー 小川待子の芸術
●4つのキーワードで読み解く女性陶芸家の表現
●女性陶芸家の歴史と未来





artscape編集部のランキング解説

「陶芸」と聞くと日本の伝統的な焼きものやうつわをイメージしがちですが、今回のランキングの1位に輝いたのはフィンランドの陶芸家ルート・ブリュックを紹介する一冊。昨年4月から東京ステーションギャラリーを皮切りに巡回中の「ルート・ブリュック 蝶の軌跡」展(今年4月からは岐阜県現代陶芸美術館、7月からは久留米市美術館に巡回予定)に先駆けて刊行されたもので、皆川明や志村ふくみ、酒井駒子といった現代を生きるクリエイターたちによる寄稿など、読みものとしても充実の内容です。
2位以降は、北大路魯山人や河井寬次郎といった著名な作家の仕事をまとめたビジュアルブックが目立つ一方、陶芸の入門書的なアプローチの本も複数ランクインし、鑑賞のコツや歴史を知りたい!という人が多いのがうかがえます。
ランク外では、16位に『噓八百』(今井雅子著、2018年1月公開の同名映画のノベライズ)や、20位に『フレア 連続テレビ小説スカーレット ボーカル&ピアノ ピアノ・ソロ 女声三部合唱(NHK出版オリジナル楽譜シリーズ)』など、陶芸を題材にした映画・ドラマの関連書籍も。私たちの生活とも切り離せないところにある芸術ジャンルだからこそ、陶芸は素朴な関心を集め続けているのかもしれません。あなたもお気に入りの一冊を見つけてみてください。


ハイブリッド型総合書店honto(hontoサイトの本の通販ストア・電子書籍ストアと、丸善、ジュンク堂書店、文教堂)でジャンル「芸術・アート」キーワード「陶芸」の書籍の全性別・全年代における購買冊数のランキングを抽出。〈集計期間:2019年1月1日~2019年12月31日〉

2020/02/03(月)(artscape編集部)

artscapeレビュー /relation/e_00051776.json、/relation/e_00052029.json、/relation/e_00051622.json、/relation/e_00050223.json、/relation/e_00048673.json s 10159850

今井壽恵の世界:第一期 初期前衛作品「魂の詩1956−1974」

会期:2020/12/03~2020/12/27

コミュニケーションギャラリーふげん社[東京都]

一昨年から昨年にかけて、東京都写真美術館で個展を開催した山沢栄子、同じく2018年に高知県立美術館と東京都庭園美術館でフォトコラージュ展を開催した岡上淑子など、このところ1950-60年代の女性写真家の仕事に注目が集まっている。今井壽恵(1931-2009)もまさに同時代の写真作家だが、2002年に清里フォトミュージアムで回顧展「通りすぎるとき―馬の世界を詩う」が開催されたくらいで、特に近年はあまりまとまって作品を見る機会がなかった。今回、コミュニケーションギャラリーふげん社で「ふげん社ディスカバリー・シリーズvol.1」として開催される連続展「今井壽恵の世界」をきっかけに、そのユニークな作品世界にスポットが当たるといいと思う。

今井は、銀座・松島ギャラリーで1956年に開催した個展「白昼夢」でデビューする。東京・中野で写真館を経営していた父の友人の勧めで、自宅の4畳半を仮設のスタジオに改装し、海辺で拾ったオブジェにプロジェクターで画像を投影したりして「心象風景」を作り上げていった。その初個展が瀧口修造や細江英公に激賞され、一躍新進写真家として脚光を浴びる。その後「ロバと王様とわたし」(1959)、「オフェリアその後」(1960)といった物語性を強く打ち出した話題作を次々に発表し、日本写真批評家協会新人賞、『カメラ芸術』芸術賞を受賞する。今回のふげん社での展示では、それらの初期の代表作だけでなく、1964-74年にエッソスタンダード石油(現・ENEOS)の広報誌『Energy』の表紙に連載した、抽象性の強いカラー写真のシリーズも展示されていて、今井の作品世界が豊かな広がりを持つものであることをあらためて確認することができた。

なお、ふげん社では「今井壽恵の世界:第二期」として「生命(いのち)の輝き―名馬を追って」(2021年1月7日〜1月31日)が開催される。今井が1960年代後半以降に情熱を傾けて撮影した馬たちの写真群も、初期作品とはまた違った輝きを発している。そちらも楽しみだ。

2020/12/12(土)(飯沢耕太郎)

海を渡った古伊万里~ウィーン、ロースドルフ城の悲劇~

会期:2020/11/03~2021/01/11(会期変更)

大倉集古館[東京都]

陶磁器にはまったく興味ないが、この展覧会は興味深く見ることができた。なにが興味深いかって、美術品の破壊と再生を目の当たりにできたからだ。展示は「日本磁器誕生の地─有田」「海を渡った古伊万里の悲劇─ウィーン、ロースドルフ城」の2部構成。1部は古伊万里の紹介だから素通りして、2部へ。ここでウィーン郊外にあるロースドルフ城の陶磁器コレクションの歴史が明かされる。城主のピアッティ家は代々中国や日本の陶磁器をコレクションし、19世紀にこの城を入手してからもコレクションを拡張。ところが第2次大戦後に旧ソ連軍の兵士たちが城を接収し、これらの陶磁器をことごとく破壊して去っていったのだ。まさに蛮行というほかないが、ピアッティ家はこの戦争の悲劇を記憶に留めるため、破片を捨てずに保存公開しているという。

これを知った日本人が古伊万里再生プロジェクトを立ち上げ、破片を調査研究し、一部を復元。西洋では一般に破損した陶磁器は廃棄されるので、日本のように高度な修復技術はないらしい。今回は部分的に修復したもの(足りない部分はそのままにして破片を組み上げる「組み上げ修復」)、足りない部分は補ってオリジナルのとおり修復したもの、および無傷のものを並べて見せている。陶磁器は同じ器を何点もセットでつくることが多いので(もちろん厳密には同じでないが)、修復前と修復後を比較展示することができるのだ。日本で修復された器は、どこが割れたのかわからないほど完璧に復元されていることに驚くが、欠けた部分を空白のまま残した組み上げ修復にも新鮮な驚きと危うい美しさがある。しかしいちばん驚いたのは、破片をそのまま床に並べた展示だ。これはまるで現代美術のインスタレーションではないか。

2020/12/18(金)(村田真)

artscapeレビュー /relation/e_00054938.json s 10166894

2020年02月01日号の
artscapeレビュー