2018年04月15日号
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artscapeレビュー

東京墓情 荒木経惟×ギメ東洋美術館

2017年07月15日号

会期:2017/06/22~2017/07/23

CHANEL NEXUS HALL[東京都]

「東京墓情」の「墓情」はいうまでもなく「慕情」の洒落だが、荒木経惟の作品世界をとてもうまく指し示す言葉だ。荒木は東京の下町の三ノ輪の出身だが、生家の前には「投げ込み寺」として知られる浄閑寺があり、身寄りのない遊女を供養した総霊塔は、子供時代の「インディアンの砦」だったという。また、彼が被写体としての花を意識するきっかけになったのは、1973年に浄閑寺の墓場の花を白バックで撮影したのがきっかけだった。つまり、「墓」のある眺めは、荒木の原風景であり、そこからごく自然に、東京を「墓場」に見立てる発想が湧いてきたのではないだろうか。「3・11」後のざわついた状況のなかで、彼はモノクロームの「東京墓情」シリーズを撮影し始める。そして、それらは旧作を加えて2016年にパリのギメ東洋美術館で開催された「Tombeau Tokyo」展で初めて公開されることになった。今回のCHANEL NEXUS HALLでの展示は、そのダイジェスト版というべきものだった。
とはいえ、東京での「東京墓情」展には、花と人形とオブジェを構成した新作のカラー作品と、ギメ東洋美術館の日本の古写真コレクションから荒木自身が選んだという15点の写真があわせて展示され、展覧会としてはまったく別な印象を与えるものになっていた。特に興味深いのは、幕末から明治中期にかけて撮影されたフェリーチェ・ベアト、日下部金兵衛、小川一真らの着色プリントの世界と、荒木の写真との意外なほどの近さである。これらの「横浜写真」は、主に日本を訪れた外国人旅行者のためのお土産用写真として撮影・販売されていたものだ。当時の日本の風景や日本人の風俗は、外国人のエキゾチシズムを喚起するテーマだったのだが、荒木の写真にも日常を異物化する視点があり、それが古写真と奇妙なかたちで共鳴しているように思える。
それにしても、今年に入って荒木の活動には再び加速がついてきている。同時期にタカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルムでは「写狂老人A 17.5.25で77齢 後期高齢写」展(5月25日~7月1日)が、新宿のエプサイトでは「花遊園」展(6月10日~6月29日)が開催された。今年は10くらいの展覧会企画が同時進行しているという。それらをつなぎ合わせていくと、荒木の作品世界の新たな切り口が見えてくるのではないかという予感がある。

2017/06/21(水)(飯沢耕太郎)

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