artscapeレビュー
プロジェクト大山『をどるばか』
2013年11月01日号
会期:2013/10/19
BankART Studio NYK[神奈川県]
石井漠という舞踊家がいた。日本のモダンダンスの創始者とも称され、ダンス学校のあった土地を「自由が丘」と名づけたことでも知られている。今作は大野一雄フェスティバル2013の一作で、残されたフィルムや再演の映像をもとに、若手女性グループのプロジェクト大山が舞台上で石井の足跡を辿った。今年8月の川口隆夫『大野一雄について』もそうだったのだが、こうしたたんなるオマージュに留まらず、研究的側面からであれ娯楽的側面からであれ、過去の遺産を映像ベースで丹念に振り返る試みは、これまで乏しかった分、今後は増えてくるかもしれない。音楽業界ならば、過去のマスターピースと新作とが競合する状況は当たり前のものになっているけれども、舞台芸術でも、過去へとアクセスすることで同様のことが起こりうるのかもしれない。とくに残された映像やそれを映写する技術の向上はその状況を促進する力となることだろう。開演前から、ダンサー3人が舞台で書道している。半紙に書くのは「石井漠」「蛇精」「忠純」「馬鹿」など。気になるのは字の汚さ、ラフさで、書道という日本文化が身についていない印象を与える。彼女たちのダンスにも同じ印象を受ける。次々と3人は石井作品を踊っていく。作品が変わる度に、石井と弟子たちの映像や再演の映像がスクリーンに上演された。石井作品の解釈をコント的に表現する場合もある。「食欲をそそる」という作品では、カレーの鍋とご飯ジャーを持った2人が、スプーンを手にした1人の前で、匂いを嗅がせたりカレーライスをよそったりした。「食欲」は確かに扱っているが、カレーライスは石井のアイディアとは直接関係がなかろう。観客は3人の演じるコミカルな場面に笑う。けれども、この笑いが石井から離れてただ目の前の滑稽なさまに向けられただけならば、ちょっともったいない。石井の方法論、アイディアの奇抜さを引きだしてその潜在的な力を目に見えるものにするのでなく、石井を表面的に取り上げておもしろ可笑しく見せるだけでは「ひょうきんなお嬢さんたちがダンスとコントをしていた」という印象しか残らない。しかし、石井の面白さの研究に邁進するとなると、娯楽要素は薄まるだろう。舞台芸術の潮流は、研究的傾向にあるとぼくは見ているけれども、そういう意味では、むしろそうではない本作が将来回顧されたとき、2013年の過渡的な日本の状況をよく示した作品として見直されるのかもしない。
2013/10/19(土)(木村覚)