2021年12月01日号
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artscapeレビュー

快快『6畳間ソーキュート社会』

2013年11月01日号

会期:2013/10/18~2013/10/20

トーキョーワンダーサイト渋谷[東京都]

快快「第二期」というべきかはわからないが、数人の主要メンバーが離れて以後の新体制で初の作品となった本作。「演出家」とか「役者」とかの既成概念を超えて、個々のパーソナリティが強烈に目立っていた快快にとって、これまでの主要メンバーが居なくなったことは、本質的な変貌を余儀なくさせていた。一言で言えば、「つながり」の弱さが目立った。上演直前に出演者から観客に飴が振る舞われるなど、観客との接触を工夫していないことはないのだが、そうした行為が既成の演劇を破壊するほどダイナミックではない。そこに「あれ? らしくない」と観客は思わなくもない。テーマは「iPhoneとともに暮らす若者の人生」。スクエアな空間の周囲を底上げして客席にし、観客が上から舞台を覗き込むように設えられた劇場空間は、テーマとうまく調和していた。真ん中には無印良品のベッド。シーツの上にはiPhoneの画面が映写され、観客は自分のスマホを覗くように、巨大なiPhoneに向き合う。iPhoneは便利だ、「なんでも」と言っていいくらいできる。これと対照的なのは人間。デバイスは人間の暮らしを便利にする。いやそれ以上に、人間の暮らしを支配し、方向付けしてくる。人間よりデバイスが主体となる社会では、アップデートできないどころか老いもする人間は置いてけぼりにされかねない。快快の(裏?)テーマには「文明に疎外される人間」がずっとあった(演出レヴェルで示された、演劇のなかで疎外される役者の身体とかも、そのひとつだろう)。では、人間はどう存在価値を主張するべきか。この問いに快快が本作で用意した視点は、人間は子どもをつくれるということ、それと原始に帰ったところから考えてみようということだった。昨今の女性作家たちが、動物や昆虫に自分のイメージをすり合わせているのと比べると、とても人間的な態度だ。楽観的とも映る。けれども、人間の力を信じることこそ、快快らしい態度であるはず。演劇を破壊したり拡張したりするやり方で「つながり」を実践してきたこれまでと違って、演劇であることに留まりながら、快快はそれでも相変わらず、人間の力を信じて「ソーキュート」な瞬間を求めていくのだろう。その宣言として本作を受け止めた。

2013/10/20(日)(木村覚)

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