artscapeレビュー
太田順一『無常の菅原商店街』
2015年09月15日号
発行所:ブレーンセンター
発行日:2015年8月6日
太田順一の『無常の菅原商店街』は、やや不思議な構成の写真集だ。1995年の阪神大震災の直後に、神戸市長田区の菅原商店街の焼け跡を「カメラを下に向けておがむように」撮影した写真群が前後にあり、それらに挟み込まれるように、故郷の奈良県大和郡山とその周辺地域を2011~14年に撮影した写真がおさめられているのだ。この配置にどんな意図があるのかについては、はっきりと記されていない。「あとがき」に、2007年に刊行した写真集『群集のまち』に書いた「私は戦争による空襲を知らない。だが阪神大震災のとき一面がれきの焼け野原を見た。その目からすれば[中略]洗濯物が広がるこの群衆の街が、今、突然消えたとしても、それはべつだん不思議なことではない」という文章を引用しているだけだ。
菅原商店街の「焼け野原」と、大和の「子どもだったときとは町の様相がすっかり変わってしまっている」やや疎遠な風景を重ね合わせる時に浮かび上がってくるのが、タイトルになっている「無常」という思いなのだろう。「季節はめぐり、ものはみな風景となっていく。私もまた」。初老の時期を迎えつつある日本人なら、誰もが抱くであろう感慨を、太田もまた淡々と受け入れ、気負うことなく撮影の行為に結びつけているように見える。落ち着いた色味で、細部までしっかりと気配りして撮影された大和の眺めを見続けていると、撮ることと考えることとが一体化した太田の営みが、柔らかさを保ちつつも揺るぎない強度に達していることがわかる。いい写真集だと思う。
2015/08/01(土)(飯沢耕太郎)