artscapeレビュー
村上仁一「雲隠れ温泉行」
2015年09月15日号
会期:2015/08/31~2015/09/17
ガーディアン・ガーデン[東京都]
村上仁一は2001年に第16回写真「ひとつぼ展」でグランプリを受賞した。その後、日本各地の鄙びた温泉場を撮影し続け、2007年に写真集『雲隠れ温泉行き』(青幻舎)を刊行する。2015年には、その改訂決定版というべ『雲隠れ温泉行』がroshin booksから出版された。本展はそれにあわせて、「ひとつぼ展」の入賞者の作品をガーディアン・ガーデンであらためて展示する「The Second Stage」の枠で開催された展覧会である。
村上の写真を見る者は、1960~70年代に撮影された光景と思うのではないだろうか。北井一夫の『村へ』(1980年)や橋本照嵩の『瞽女』(1974年)、あるいはつげ義春の温泉宿をテーマにした漫画などを思い出す人も多いだろう。だが、そのアレ・ブレ・ボケのたたずまい、いかにも昭和っぽい被写体の選び方、切りとり方は、村上の編集力による所が大きいのではないかと思う。それもそのはずで、村上はカメラ雑誌の現役の編集者であり、日本の写真家たちが積み上げてきた写真の選択、構成の手法をしっかりと学び取ることができる立場にいる。それは今回の展示にもよくあらわれていて、B全の大判デジタルプリントと、より小さいサイズの手焼きのプリントを巧みに組み合わせて会場を構成していた。コンタクトプリントを拡大して壁に貼ったり、これまで自分が編集してきた書籍や写真集の校正刷りの束をテーブルに置いたりする工夫もうまくいっていたと思う。
とはいえ、このシリーズには単純な70年代写真へのオマージュに留まらない魅力がある。村上は「ひとつぼ展」でグランプリ受賞後、「諸々のことがうまくいかず」実際に各地の温泉場に「雲隠れ」していた時期があったようだ。誰でも身に覚えのある、不安や鬱屈の気分は、このような写真の形でしか表現できないのではないのかという説得力があるのだ。編集者と写真家の二刀流ということでは、桑原甲子雄のことが思い浮かぶ。名作『東京昭和十一年』(1974年)を発表後も、編集やエッセイの仕事を続けながら淡々と街のスナップを撮り続けた桑原に倣って、村上も写真を撮りため、発表していってほしい。
2015/08/31(月)(飯沢耕太郎)