2019年10月15日号
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artscapeレビュー

木澤佐登志『ダークウェブ・アンダーグラウンド』

2019年05月15日号

発行所:イースト・プレス

発行日:2019/01/20

ブロガー・文筆家として活動する木澤佐登志(1988-)のデビュー作である本書への反響は、刊行から約4ヶ月が経った現在においても止む気配がない。おそらく本書をまだ手に取っていない読者のなかにも、ウェブ上で「加速主義」や「ヴェイパーウェイブ」についての著者の記事を目にしたことのある者は多いだろう。これらはいずれもオンラインの『 現代ビジネス』に掲載されたものであり、ここから本書に誘導された読者も少なくないはずだ。

先のウェブ記事と同様のジャーナリスティックな文体で書かれた本書は、「ディープウェブ」および「ダークウェブ」と呼ばれる、ネット上の特定領域に対するありがちな誤解を解くことから始まる。ディープウェブとは、Googleをはじめとする検索エンジンがインデックス化することのできない領域を指す言葉であり、これはインターネット上の全コンテンツの96%を占めるという。膨大な数字だと思われるかもしれないが、身近な例で考えてみても、WebメールやSNSの非公開アカウントなど、私たちはパスワードがなければアクセスできない「秘密」の領域をウェブ上に膨大に確保しているはずだ。これに対しダークウェブとは、俗に考えられるようなディープウェブのさらに「深い」領域などではまったくなく、TorやI2Pといった専用のブラウザやソフトウェアさえあれば、基本的には誰にでもアクセスできる。なおかつその規模も、ディープウェブに比べればさして大きなものではない。つまり、ディープウェブとダークウェブは「端的にいってまったく別の領域」であり、ディープウェブよりも深い領域にダークウェブという「不可視で広大な領域が広がっている」というイメージは「幻想」にすぎない、と著者は早々に指摘する(34頁)。

しかしそうは言っても、そうしたダークウェブのなかに、いわゆる「アングラ」な領域が数多く存在することもまた確かだ。先のような「都市伝説」を退けたうえで、本書の中盤では、犯罪やポルノの温床としての「ダークウェブ」のいくつかのケースと、その運営者たちが共有する思想的な背景、さらにはそれを取り締まる側との情報戦の一部始終が詳らかにされる。しかしそこでも終始一貫しているのは、アクセスした者の身元を秘匿する「暗号化技術」こそがダークウェブの核心であり、ゆえにそれはインターネットの黎明期から脈々と継承されてきた「自由」の思想を抜きに語ることはできない、という著者の構えである。

本書に対する書評・レビューのなかには、その内容に関する記述の偏りや誤りを指摘するものも少なくないが、それは同書のテーマを考えればやむをえないところもあるだろう。本書の意義は、ともすれば膨大な事例の紹介に終始しがちな「ダークウェブ」の一側面を書籍というパッケージによって切り取り、現時点におけるその姿を首尾よく凍結せしめたことにある。いまやすべてが現実と地続きになったかに見えるウェブ上にあっても、「アンダーグラウンド」な領域は確実に存在するし、その実相に近づくには、日進月歩を続ける暗号化技術についての知識が不可欠となる。その一端を垣間見せんとする本書は、昨今急速に失われつつある、かつての仄暗い「サブカルチャー」批評のエッセンスを継承している(のみならず、「補論1  思想を持たない日本のインターネット」では、その事実に対する俯瞰的な視点も確保されている)。

前述の『現代ビジネス』の記事のなかでもとりわけ人々の耳目を集めたのは、『ダークウェブ・アンダーグラウンド』の終盤で紹介される上海在住の思想家ニック・ランド(1962-)、および彼の「暗黒啓蒙(Dark Enlightenment)」というテクストを中心に広がる「新反動主義」との関係であった。そちらの記事を読んでから本書を手に取った読者は、これにまつわる記述の分量にいささか物足りなさをおぼえたかもしれない。しかし、どうやら著者はすでにこの問題にも本格的に取り組んでいるようだ。以上のような関心のもとに本書を手に取った読者には、間もなくの刊行が予告されている『ニック・ランドと新反動主義』(星海社新書)との併読を勧めたい。

2019/05/14(火)(星野太)

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