artscapeレビュー
松原健「果実の肖像」
2009年08月15日号
会期:2009/06/20~2009/07/18
MA2 Gallery[東京都]
松原健は広告やファッション写真の仕事をしながら、緻密で端正な静物写真の作品を発表してきた。今回のMA2 Galleryでの個展では、これまでの彼のイメージを一新するような、意欲的なシリーズにチャレンジしている。
1Fに展示されているのは、ベトナムで撮影された10~18歳くらいの少年・少女の「脚」のシリーズ51点。脚は膝から下のあたりで断ち切られ、古く、崩れ落ちそうな石やコンクリートの壁を背景にして、あたかも天使が浮遊するように空中に浮かんで見える、そのか細いけれども、ゴツゴツとした勁さを備えた素足のたたずまいが、何ともなつかしい。かつて僕らの少年時代によく見た脚の形なのだが、いまの日本だとなかなかお目にかかれないだろう。
2Fには、ガラス瓶に貼り付けられたポートレートが並んでいる。モデルは1Fの「脚」のシリーズと同じ子どもたちである。目を閉じたその顔は仏像のようであり、見方によっては死者のようにも見えなくない。瓶の中にはホーチミン市のマーケットで手に入れたという古いスナップ写真(1960年代)が入れられている。写真は、やはりマーケットで束になって売っていた封筒や手紙とともに、壁にもピンナップされている。その皺になったり、色褪せたりした印画紙や封筒や便箋の眺めは、記憶を揺さぶり、想像力を押し広げる作用を及ぼす。当然ながらその連想の先には、あの苛烈なベトナム戦争の記憶があるのだろう。声高にその悲劇を告発しているわけではないが、今と過去とを繋ぎ、記憶の風化を押しとどめようとする意志を感じとることができる、いい展示だった。
2009/07/08(水)(飯沢耕太郎)