artscapeレビュー
2014年07月15日号のレビュー/プレビュー
野のなななのか
大林宣彦監督の『野のなななのか』を鑑賞した。数百億をかけて、ありえないことをいかにもリアルに映像化するハリウッドとは対極的に、映画のリアリズムの文法を破壊し、大林流に再構築して提示することにより、観者は目眩のような「体験」を経て、その世界に没入する。が、それはむしろ本当に歴史という現実と私たちを深くつなげるのだ。『野のなななのか』は、北海道芦別市のある老人の死を契機に、人のつながりが連鎖し、東日本大震災や太平洋戦争で8月15日以降も戦争が続いた樺太の悲劇から芦別の地方史まで、物語が展開する。『永遠の0』と出だしこそ似ているが、その奥行きの広がりは、生死、あるいは過去と現在が同時存在する宗教的なレベル(輪廻転生?)にまで昇華していく。確かに『野のなななのか』は、同じ大林によるポスト3.11の映画『この空の花──長岡花火物語』やAKB48『So long ! 』のMV(64分版)と連なる共通した手法をもつが、この作品はとくにモノの記憶、古い建物の空間、絵画や文学の意味にも焦点を当てるところが、個人的に好みだ。これまで常磐貴子や安達祐実はあまり作品に恵まれない印象だったが、本作は素晴らしい。
2014/06/14(土)(五十嵐太郎)
おかざき乾じろ個展
会期:2014/06/06~2014/06/15
ギャラリー nowaki[京都府]
「おかざき乾じろさんの個展が京都(近所)で開かれていますよ。」と京都在住の作家さんが知らせてくれて足を運んだ会場は、私は初めて訪ねるギャラリーだった。京都らしい古い町屋の佇まいの建物。普段は絵本作家の個展や陶芸の展示を行なっているのだそう。小説家の福永信さんが企画し、実現に至ったという今展、畳敷きの部屋の壁面に並んでいたのは箱で額装された「ポンチ絵」。ユルくかわいらしいらくがきのような絵が色鉛筆で描かれている。支持体は薄い方眼紙だが、無秩序に破かれた紙と描かれた対象が部分的に重なっているから全体は立体的でもあり、いろいろな角度から線や面を見ると意外な空間の広がりも感じられて面白い。いくつもの謎解きが潜んでいるのも感じるが、何かを探ろうと構えなくてもいい、気持ちのいい作品だった。
2014/06/14(土)(酒井千穂)
建築の皮膚と体温 ──イタリアモダンデザインの父、ジオ・ポンティの世界──展
会期:2014/06/06~2014/08/19
LIXILギャラリー大阪[大阪府]
LIXILショールーム大阪にて、「建築の皮膚と体温:イタリアモダンデザインの父、ジオ・ポンティの世界」展を見る。ミラノ駅前のピレリ・ビル以外にも、住宅、教会、プロダクトなど、彼が生涯に手がけてきた多くの作品を紹介するが、日本ではその全貌があまりちゃんと知られていないことが改めてうかがえる内容だった。開口やタイルなど、建物の表面へのこだわりが、大きな特徴と言えるだろう。心憎い遊び心で、モダニズムを消化したデザインが楽しい。常滑のINAXライブミュージアムに続き、大阪会場でも展示デザインを担当したトラフは、ポンティのテイストに応えている。
2014/06/16(月)(五十嵐太郎)
伊達伸明 選展 「豊中市立市民会館 おみおくり展のおみおくり展」
会期:2014/06/09~2014/06/26
GALLERYwks.[大阪府]
取り壊される建物から、そこに関わった人々の思い出の”痕跡”を見つけ出し、それを材料にウクレレを制作する「建築物ウクレレ化保存計画」で知られる伊達伸明。今年2月、自身の地元である豊中市の市民ギャラリーで、解体された市民会館の建物の一部分や施工時の資料、市の広報誌などを展示に用いた「豊中市民会館 おみおくり展」を企画、開催した。それを再構成し続編として開かれていたのが今展だ。会場には「豊中市立市民会館」の立体看板文字をメインに、実際に使用されていた市民会館内の案内板や注意書きのパネル、写真資料などが展示されていたのだが、ほかに「豊」、「中」、「市」の3つの看板文字が大阪城をはじめとする大阪市内の名所、観光地を巡るという愉快なシチュエーション写真の数々も展示されていた。これらは今展のために制作されたもので、はじめは擬人化する意図はなかったそうなのだが、「豊」「中」「市」の3文字が豊中市を飛び出し、ぶらりと周遊してまわる「3人」というイメージでどれも人間味に溢れ、物語を喚起するから実に楽しい。先に開催された展覧会の内容をなぞるだけではなく、アーティストならではの発想とセンスが新たに発揮された展示。輪をかけてあじわい深く感じられる記憶の「おみおくり」だった。
2014/06/16(月)(酒井千穂)
栗田咲子展 「雨の中の虹彩」
会期:2014/06/16~2014/06/29
FUKUGAN GALLERY[大阪府]
2013年に東京で開催された栗田咲子の個展が大阪でも開かれた。展示内容は東京展とほぼ同じで動物や鳥などの生き物を描いた作品がほとんどだが、今展ではサイロのある風景の新作も1点発表された。小さな置物のディスプレイにまぎれ、飾り棚に猫が座り込む《五月山トリックスター》や、供物の果物を載せた高杯の隣に柴犬が立つ《お摩り犬》といった、栗田ならではの不思議なシチュエーションとタイトルの作品は特に印象を引きずり記憶に残る。色の濃淡や構図にリズムが感じられるせいか、コラージュ作品のようにいくつもの時間が画面に混在する絶妙な雰囲気も魅力的。今回も何気ない日常の光景を思わせる題材ばかり。数もそれほど多くはなかったが、全体にインパクトは強く作家のセンスの力を後になって思い知った。
2014/06/16(月)(酒井千穂)