artscapeレビュー

2014年07月15日号のレビュー/プレビュー

石内都「幼き衣へ」

会期:2014/06/05~2014/08/23

LIXILギャラリー[東京都]

石内都は多摩美術大学で染織を学んだという経歴を持つ。そのためもあるのだろうか。布を被写体とする時には、独特の嗅覚を働かせ、テンションの高い作品になることが多いように思う。広島の原爆資料館の遺品を撮影した「ひろしま」のシリーズがそうだし、近作の『Frida by Ishiuchi』(RM)でも、メキシコの女流画家、フリーダ・カーロの遺品の衣裳をテーマにしている。今回東京・京橋のLIXILギャラリーで開催された「幼き衣へ」も、いかにも石内らしい作品に仕上がっていた。
本展は同時期に隣接するギャラリースペースで開催中の「背守り 子どもの魔除け」展の関連企画である。背守りとは子どもの着物の背中に縫い付けられた魔除けのお守りのことで、背後から忍び寄る魔物を防ぐために、糸で印をつけたり、刺繍を縫い込んだりする。石内都は、それらの愛らしく、心を打つお守りを中心に、お寺などに奉納、保存されている背守りのついた着物を丹念に撮影していった。
石内の撮影の仕方は、いわゆるカタログ写真とは一線を画する。着物の全体像を精確に指し示すよりは、むしろ心惹かれる細部にこだわり、画面の傾きやピンぼけなども意に介さず撮影している。結果として、その着物を実際に身に着けていた子どもたちの存在までも想像させるような力が備わっているように感じる。大小19点の作品を、バランスよく配置していくインスタレーションも、よく練り上げられていた。本年度のハッセルブラッド国際写真賞を受賞するなど、石内の充実した仕事ぶりが、作品にもよくあらわれていた。

2014/06/20(金)(飯沢耕太郎)

「バルテュス 最後の写真─密室の対話」展

会期:2014/06/07~2014/09/07

三菱一号館美術館(歴史資料室)[東京都]

東京都美術館で開催された「バルテュス展」(4月19日~6月22日、7月5日~9月7日に京都市美術館に巡回)にあわせて、とても興味深い写真展が開催された。「20世紀最後の巨匠」バルテュス(1908~2001)は、1992年~2000年にかけて、アトリエのあるスイス・ロシニエールのグラン・シャレーの一室で、アンナ・ワーリという少女をモデルに油彩画を描いていた。彼は繰り返し綿密なデッサンを描いてから本格的に制作に取りかかるのだが、この頃になると指先のコントロールがむずかしくなってくる。そこで、鉛筆でのデッサンの代わりに用いるようになったのが、カラー・ポラロイド写真であり、8年間に約2000枚が撮影されたという。そのうち約170枚を選んで、「バルテュス創作の秘密」を解きあかそうとしたのが本展である。
バルテュスはソファに横たわる少女のポーズを微妙に変えながら、光線を吟味しつつ、何枚も続けてシャッターを切っている。それはむろん、絵画作品の下絵として使用するためなのだが、写真を見ていると、単純にそうともいい切れないのではないかと思えてきた。つまり、撮影を続けているうちに、彼はポラロイド写真というメディウムの不思議な魅力に、次第に絡めとられていったのではないだろうか。ポラロイド独特のぬめりを帯びたテクスチュア、ほのかな光の中に震えるようにして出現する少女の裸体の官能性、8歳の少女が大人の女性へと変容していくプロセスを記録していくことの面白さ、それらをバルテュスは歓びとともに受け入れ、撮影の行為にのめり込んでいったのではないかと想像できるのだ。
残念なことに、彼の写真の仕事は最晩年の時期に集中している。もう少し時間があれば、「写真家・バルテュス」のさらなる飛躍を見ることができたかもしれない。

2014/06/20(金)(飯沢耕太郎)

榮榮&映里「妻有物語」

会期:2014/06/11~2014/07/12

ミヅマ・アート・ギャラリー[東京都]

中国人の榮榮(ロンロン)と日本人の映里(インリ、本名鈴木映里)のカップルは、1990年代から二人の身体性を重ね合わせるような作品を制作してきた。今回、東京・市谷のMIZUMA ART GYALLERYで展示された「妻有物語」は、2012年の「大地の芸術祭」(越後妻有アートトリエンナーレ)への参加を機に構想・制作されたシリーズである。雪深いその地域の温泉や田んぼを背景にして、榮榮、映里、そして彼らの三人の息子たちによるパフォーマンスが展開される。
以前の彼らの作品には、自らを取り巻く社会状況への違和感を、激しく挑発するような身振りで表明するものが多かった。だが年齢を重ね、家族の絆が深まるとともに、作品の質も少しずつ変化してきた。今回のシリーズの基調となっているのは、不安や苛立ちではなく共感と安らぎである。それは彼らの作品の質感にも明確にあらわれていて、以前のコントラストの強いくっきりとしたモノクロームプリント(時に手彩色が施される)に変わって、柔らかな白っぽいトーンが選ばれている。手彫りの白木のフレームや、茶室のような空間へのインスタレーションなども、以前にはなかった試みだ。
これらを表現意識の弛み、テンションの低下と見ることもできるだろう。だが、彼らが「新たな概念のもとプリントを作り直した」のは、相当の覚悟を決めてのことだったのではないだろうか。中国と日本を行き来しつつ、新たな家族像の再構築と作品の展開を同時に進めていこうという、強く、しなやかな意志を感じとることができる展示だった。

2014/06/21(土)(飯沢耕太郎)

コレクションI

会期:2014/05/24~2014/09/15

国立国際美術館[大阪府]

特別展『ノスタルジー&ファンタジー』もボリュームがあって楽しかったが、そのあとに見たコレクション展も充実していた。今回は、新収蔵作品との組み合わせによる、現代の作家の出品。フロアの一番奥、サイ・トゥオンブリー~李禹煥~内藤礼という、アブストラクトで心に沁み入ってくるような展開と流れはとても心地よく、白い部屋が光って見えた。
ここで見たような作家の作品は「無題」にも余韻がある。ここへ来て、特別展の小西紀行は全て《無題》だったことを思い出す(小西作品における「無題」はとても効果的)。作品リストに《無題》が並ぶのはなんともクール。小橋陽介のとても長いタイトル※との対比も面白いと、特別展を反芻しながら、上のカフェで喫茶をして、美術館を満喫した。

※《ぼくはヘレンケラー女史と同じ6月27日に父の弟夫婦の間に生まれて、横尾家に養子として迎えられた。養父母はぼくを橋の下で拾ってきたと言った。小さい頃から星空を仰ぎながらぼくはぼくの運命についていつも空想していた。そして星のように点滅するホタルに自分を譬えた。見えない守護霊と子の歳のネズミがぼくの長い航路の伴侶であることをぼくは知っている。》
岡崎乾二郎ばりのなんと169文字。タイトルだけでとってもノスタルジー。

2014/06/21(土)(松永大地)

あなたがほしい i WANT YOU

会期:2014/06/21~2014/07/05

江之子島文化芸術創造センター[enoco][大阪府]

植松琢磨+林勇気の二人展。植松作品の、結束バンドと角材でやぐらを組んだかのような立体物をインスタレーションとして展示。そこへ作品と作品が重なるように、林の映像作品が投影されていた。映像作品は、斜めに投影されたり、床に天井を向けてモニターが配置されたりと、見る人がきっちり向き合うのではなく、断片や破片のような印象として配置。膨大な記憶を宇宙のように見せる作品《memories and starry sky》が一番奥というのも象徴的だった。

ところで、本展チラシなどでは、二人の作家とともに、キュレーター小林公(兵庫県立美術館)とオーガナイザー後藤哲也(FLAG)の名前も同列に表記されていた。作家とキュレーターの共犯関係というものがよく見て取れるチーム感も気持ちがよかった。

林勇気の出品作品「Landscape - marine snow」、「Memories and starry sky」はこちらから一部見ることが出来ます。

2014/06/21(土)(松永大地)

2014年07月15日号の
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