artscapeレビュー
2022年08月01日号のレビュー/プレビュー
川口和之「OKINAWAN PROSPECTS」
会期:2022/07/14~2022/07/24
東京・新宿のphotographers’ galleryを拠点に、「PROSPECTS」シリーズを発表し続けている川口和之だが、今回は被写体を沖縄に絞り込んでいる。沖縄には1976年にはじめて訪れ、それから何度も足を運ぶようになった。今回の出品作は、2008-2018年の撮影だという。
川口の「PROSPECTS」シリーズは、その客観性に特徴がある。建物、街路の事物の細部までくっきりと鮮やかに撮影されており、主観的な感傷に溺れるということがない。それに加えて、近年では雨などの気象現象を積極的に取り込むようになり、色味の丁寧なコントロールと相まって、街の質感や空気感がしっかりと写り込んでいる。沖縄の写真というと、どうしても感情移入が強まりがちだが、川口の正確無比な描写は、逆に南の地域の風物のあり方を確実に捉えきっていると思う。川口によれば、ここ10年余りで、那覇のような都市の眺めはかなり変わってしまったという。農連市場や新天地市場のような、沖縄独特の風情を持つ場所も消え去ってしまった。川口の写真は、失われていくもののドキュメントという意味ももち始めているということだ。
展覧会に合わせて、同名の写真集も刊行された。A4判の私家版写真集という形で発行され続けてきた『PROSPECTS』ももう7冊目、厚みと広がりのある写真集シリーズになりつつある。
2022/07/14(木)(飯沢耕太郎)
高橋万里子「スーベニア」
会期:2022/07/12~2022/07/25
ニコンサロン[東京都]
高橋万里子は2002年のphotographers’ galleryの創設時からのメンバーで、同ギャラリーでコンスタントに個展を開催してきた。最初の頃はカラフルな食べもの、人形などのオブジェを画面全体に撒き散らすように配置して撮影する、やや少女趣味の作風だったが、2007~08年に開催した「月光画」の連続個展のあたりから作品の雰囲気が変わってきた。母親、同世代の友人たちを、おぼろげなソフトフォーカスのトーンで撮影したポートレートに加えて、モデルたちにふさわしいスーベニア(お土産物)の写真を、付け合わせるように撮影していった。ノスタルジアと痛みとを両方同時に感じとることができるようなそれらの作品群は、独特の風合いをもち、その魅力を言葉にするのはむずかしい。だが、長く記憶に残って、夢のなかにも出てきそうな奇妙なオーラを発していた。
今回のニコンサロンでの個展では、19歳の時に撮影したという、エクレアを口に頬張る初々しいセルフポートレートから近作まで、高橋の写真家としての軌跡を辿るような構成になっていた。中心になっているのは、むろん「月光画」以降の作品で、高橋の構想力の高まりを受けて、作品が枝分かれしつつ展開していくプロセスを、あらためて確認することができた。あわせて、やはり初期作品を含む代表作を掲載した写真集『Souvenir(スーベニア)』(ソリレス書店)も刊行されている。展示や写真集を見てあらためて感じたのは、彼女が20代、30代、40代と歳を重ねていく人生の軌跡と、写真作品のそれとが、思いがけないほどに重なり合っているということだ。一見、はかなげな幻影のような高橋の作品世界は、意外にリアルな感触を備えているのではないだろうか。
2022/07/15(金)(飯沢耕太郎)
TRASHMASTERS『出鱈目』
会期:2022/07/14~2022/07/24
駅前劇場[東京都]
中津留章仁の作・演出によるTRASHMASTERSの作品は、これまで自然災害に苦しむ地方の公民館における青年団の紛糾を題材とした「黄色い叫び」や、原発の廃棄物処理馬の受け入れをめぐる地方の複雑な分断を描く「ガラクタ」などを鑑賞したが、社会派のテーマを扱い、補助金などの制度の問題にも切り込むことが特徴である。そして今回は、ついにあいちトリエンナーレ2019をめぐる一連の事件に着想を得た表現の自由をめぐる作品だ。2013年の芸術監督を務め、2019年のときは各種のメディアにコメントを寄せた人間として見ないわけにはいかない。
市長が、妻のアイデアを受けて、軽い思いつきで芸術祭をやろうと考え、職員が助成金の仕組みを調べたり、秘書が協賛金を集めるあたりは、行政側の視点を入れることが得意なTRASHMASTERSらしい出だしである。もっとも、序盤は、芸術祭が公募のコンテスト形式であり、キュレーションがないこと、最優秀賞となったアーティストのステレオタイプな芸術家像、ピカソ風の絵などは、正直もやもやしたが、本作の場合、ここを突っ込んでもあまり生産的ではない。
むしろ、その後のディベート型の演劇展開において、市長、職員、アーティスト、ジャーナリスト、秘書、協賛した会社など、それぞれの立場を示しながら、彼らが抱える葛藤を描いたシーンこそが重要であり、限られた時間ゆえに、序盤の設定は簡略化したと思われる。アーティストの態度によってネットで炎上し、さらに描かれた対象に地元の重工業が生産する戦闘機と思われるものが含まれていたために、展覧会を中止するかどうか、あるいは最優秀賞を取り消すか、といった圧力が市長にかかる。賞の扱いについては、筆者がキリンアートアワード2003の審査員となって選んだK.K.の映像作品《ワラッテイイトモ、》をめぐる騒動も想起させるものだった(いったんは最優秀賞に決まっていたが、後に「審査員特別優秀賞」に変更された)。
ともあれ、この演劇では、意外にも市長が大村秀章愛知県知事のように奮闘するが、有力者が提示した厳しい条件にいったんは屈し、しかしながら最後は表現の自由を守る決意を固める。結局、市長はその地位を失い、今後は市民として芸術祭に関わり、妻とともに理想の社会をつくろうと歩みだす。一貫して正しさだけを主張するアーティストよりも、揺れる人々が印象に残った。 最初から芸術祭そのものに反対していた市長の息子と、ついには市長に意見する男性恐怖症だった秘書の二人が、近づいていく理解のプロセスが、個人的に本作の白眉だった。
公式サイト:http://www.lcp.jp/trash/
関連レビュー
ワラッテイイトモ、|五十嵐太郎:artscapeレビュー(2013年11月15日号)
2022/07/15(金)(五十嵐太郎)
ジャン・プルーヴェ展 椅子から建築まで
会期:2022/07/16~2022/10/16
東京都現代美術館[東京都]
「土地に痕跡を残さない建築をつくりたい」。本展を観ていてハッとした言葉がこれだった。ヴィトラから復刻家具が発売されるなど、ジャン・プルーヴェは現代においても世界的に人気の高いデザイナーのひとりである。もちろん家具のみならず、建築でもその手腕を発揮した人物であることは知っていたが、本展を観て改めて、そのものづくりへの独特な姿勢を痛感した。「家具をつくることと家を建てることに違いはない。実際、それらの材料、構造計算、スケッチはとても似通っている」という言葉が証明するように、プルーヴェにとって家具と建築との間に境はなかったようだ。つまり家具は小さな建築であるし、建築は大きな家具である。だからこそ、「土地に痕跡を残さない建築」という発想が生まれたのだろう。
実際にプルーヴェが設計した住宅のほとんどが、解体・移築が可能な建築物だった。しかも第二次世界大戦後、母国フランスの戦後復興計画の一環として複数のプレファブ住宅を考案したというから、住宅の工業化にいち早く目を付けていたことがわかる。戦中はレジスタンス運動に積極的に参加したという経歴からして、プルーヴェは庶民が安心して暮らせる住宅を大量に広めることに価値を置いていたのだろう。とはいえ、それは安かろう悪かろうの類ではない。人間工学に基づくシンプルで合理的で美しい形を追究し続け、それを独自の構造で成立させようと試みてきた。「構造の設計こそが建築の設計である」という根幹部分は建築も家具も同じで、そこにプルーヴェらしい美意識を見ることができる。
したがって家具のみならず建築物も同様に展示されていた本展は、非常に見応えがあった。地下2階の広い空間には《F 8×8 BCC組立式住宅》が建っており、中に入ることはできないが、上から横から眺めることができた。また《「メトロポール」住宅(プロトタイプ)》は「ポルティーク」と呼ばれる門型フレームの構造体とファサードが別々に展示されており、組立式住宅であることが強調されていた。建築の展示というと、どうしても図面や模型、写真などで紹介されることが多いが、こうして生の部材を目にすると迫力がある。おかげでプルーヴェの素材への執着や構造に対する探究心などを肌で感じることができた。
公式サイト:https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/Jean_Prouve/
2022/07/15(金)(杉江あこ)
第24回亀倉雄策賞受賞記念 大貫卓也展「ヒロシマ」
会期:2022/07/12~2022/08/20
クリエイションギャラリーG8[東京都]
手に持って振ると、小さな容器の中で白い粉がふわっと舞い上がり、ゆっくりと落ちていくスノードーム。粉雪に喩えたその幻想的な景色を眺めることで、人々は幸せを静かに感じる。が、もしもそれが黒い粉だとしたら……? 白を黒に反転させるだけで幸福が不幸の象徴になる、その鮮やかな手法に舌を巻いた。
アートディレクターの大貫卓也がデザインした平和希求キャンペーンポスターおよび関連制作物「HIROSHIMA APPEALS 2021」が、第24回亀倉雄策賞を受賞した。私はこのポスター自体は昨年に見た覚えがあるのだが、受賞記念展である本展は想像以上に圧巻だった。会場の床一面に黒い粉が敷き詰められていて、ドームの中の景色を自らたどるような演出がなされていたのだ。「HIROSHIMA APPEALS(ヒロシマ・アピールズ)」は、日本グラフィックデザイン協会(JAGDA)と広島国際文化財団、ヒロシマ平和創造基金が、核兵器廃絶や平和の尊さをグラフィックデザインを通して世界に呼びかける共同プロジェクトである。毎年、JAGDA会員ひとりが新しいポスター1点をボランティアで制作している。つまりこのポスターで描かれた黒い粉に喩えたものとは、原子爆弾が落とされた後に降ったとされる放射能を含んだ「黒い雨」である。あるいは投下直後に舞い上がった「キノコ雲」の煙かもしれない。そうした恐ろしい想像が頭を巡る。そしてドームの中で黒い粉を浴びるのは、平和の象徴である白い鳩だ。これほど明快で、強烈なメッセージがあるだろうか。さすが、広告業界で名を挙げたクリエイターらしい手腕であると痛感した。
しかも「HIROSHIMA APPEALS 2021」はポスターのみで完結しているわけではない。最新のAR技術を採用していて、スマートフォンをポスターにかざすことで黒い粉が舞い上がる映像を見ることもできる。「原子爆弾の脅威を今の若者へ歴史としてではなく、ライブ感をもって伝えること」が、希望のある未来を描くことになると考えたと大貫卓也はメッセージを寄せている。本展では奥の展示室で映像が紹介されており、音楽との相乗効果もあって迫力満点だった。数羽の白い鳩が優雅に舞いながら、こちらにどんどん近づいてくる。最後には画面に大きく映し出された鳩にじっと見つめられ、思わずたじろいてしまう。それは平和を脅かす人間に裁きを下すような顔にも見える。奇しくも世界的に核の脅威が再認識されている現在、このポスターの重みが増している。
公式サイト:http://rcc.recruit.co.jp/g8/exhibition/2207/2207.html
2022/07/15(金)(杉江あこ)