artscapeレビュー

2022年08月01日号のレビュー/プレビュー

浅田政志 ぎぼしうちに生まれまして。

会期:2022/04/09~2022/06/05

BAG -Brillia Art Gallery-[東京都]

本展は「ぎぼしうち」を故郷として住まう人々へのインタビューと写真で構成されている。「ぎぼしうち」とは何かというと、江戸時代の幕府直轄だった橋があったエリアの内側のこと。平民が使える橋は江戸では京橋、日本橋、新橋だけにあって、ほかの橋と区別するため欄干には「擬宝珠」という飾りが付けられた。「ぎぼしうち」は、近世以降の日本の中心というわけである★1。ということで、いまもってオフィスビルが連なる経済の中心がその栄華をより一層誇るための展覧会なのかというと、そういうことではなかった。むしろ、示そうとされているのは「普遍的」であることだ★2

インタビューを受けたのは、和洋料理「きむら」の木邑芳幸さん、白木屋伝兵衛の中村悟さん、半江堂印房の松田美香さん、和菓子屋桃六の林登美雄さんだ。いずれも老舗の当代で、「きむら」の創業60年がもっとも若いということに小さく驚く。壁面にはそれぞれの名前、過去を振り返ることができる写真、インタビューの抜粋とそれぞれの一日のルーティーンの情景の描写の言葉。仕事終わりに釣りのYoutubeを見ることが癒しだったり、百円ショップの台頭で商売が変わったり、家族一緒にアイドルグループの嵐を応援したり、借金を返したり、町会での17年ぶりの新生児が祝福されたりする。


「印鑑店主」展覧会風景


「和帚店主」展覧会風景


歌人でコピーライターの伊藤紺による言葉は生活の身振りがありありと伝わるもので、まんまとお店に行きたくなったわたしは「きむら」で、同席した人からめくるめく華やかな世界がいかにcovid-19で影響を受けたのかという話を聞きながら晩ごはんを食べた。豪華メンバーによる展覧会をきっかけにプロモーションにもなる取材をされる「ぎぼしうち」。ただ、浅田がここで見出した「普遍」は、オフィスビルが乱立する都市開発の権化のような場所にとって、あるいは核家族ですらなく単独世帯が基調となる時代にとっては希少な風景なのではないだろうか。

なお、本展は無料で観覧可能でした。


★1──以下を参考にした。松村博『論考 江戸の橋―制度と技術の歴史的変遷』(鹿島出版会、2007)
★2──浅田政志による展覧会ステイトメントでは以下のように書かれている。「生まれた場所は特殊かもしれませんが、故郷を大切にしながら家族と暮らす姿はどこにでもある普遍的なものでした」。


公式サイト:https://www.brillia-art.com/bag/exhibition/04.html

2022/07/25(月)(きりとりめでる)

ロロ『ここは居心地がいいけど、もう行く』

会期:2022/07/22~2022/07/31

吉祥寺シアター[東京都]

学校という空間の時間は螺旋状に流れている。授業や毎年の行事は繰り返しのようでいながら少しずつ違っていて、その担い手となる生徒たちもたとえば3年という定められた期間とともにその場所を通過していく。教師だけが例外だ。

ロロ『ここは居心地がいいけど、もう行く』は2021年に全10話をもって完結したいつ高シリーズのキャラクターが再び登場する新作。吉祥寺シアターでの公演は7月31日で終了したが、8月28日まではアーカイブ配信が視聴できる。以下の文章には重大なネタバレが含まれるので注意されたい。また、いつ高シリーズ未見でも十分に楽しめる作品ではあるが、作中にはシリーズを知っていることでより楽しめる仕掛けもいくつか用意されている。いつ高シリーズの戯曲は多くがWEBで無料公開されているのでそれらを(特にvol.6とvol.2を)読んでから配信を観るのもいいかもしれない。vol.6『グッド・モーニング』については映像も8月28日まで無料公開されている。


[撮影:鈴木竜一朗]


舞台は文化祭当日。旧校舎の屋上に続く階段の踊り場ではダブチ(新名基浩)と机田(大石将弘)が本番の迫ったコントの練習をしている。しかし何やら屋上に出入りする悠(島田桃子)が行き来し、白子先生(大場みなみ)がやってきては茶々を入れとなかなか練習は進まない。悠は旧校舎の屋上から旧々校舎の屋上へとこっそり何かを移動させようとしているらしいが、旧々校舎の屋上に続く踊り場では息子のコントを見に来て校舎を間違えた(逆)おとめ(望月綾乃)と鉢合わせてしまう。物語はダブチと机田のコント、悠の隠し事、そしてかつてこの高校の生徒だった白子と(逆)おとめの再会という三つの筋が絡み合いながら進んでいく。


[撮影:鈴木竜一朗]


高校生が演じることを念頭に、高校生だけが登場する作品として書かれたいつ高シリーズは、高校生のスケールの世界を立ち上げながらその少しだけ外側を指し示すような物語だった。対して、かつて高校生だった大人とこれから大人になる高校生を描いた『ここは居心地がいいけど、もう行く』は、螺旋状の時間の異なる2点を並べることで、自分がいない/いなかった時空間への想像力をより強く喚起する作品になっている。あるいはそれは、この作品とも深い関係のあるいつ高シリーズvol.2『校舎、ナイトクルージング』で描いたものをさらに大きなスケールで描いているのだとも言えるかもしれない。

いつ高シリーズでは高校生だった白子と(逆)おとめは大人になり、片や教師に、片や生徒の親になっている。そこにあるのはシリーズを追ってきた私が知るいつ高でありながら、しかし同時にもはやまったく別の場所だ。ダブチ、机田、悠の向こうには同じ俳優によって演じられたかつてのいつ高の生徒たち(シューマイ、楽/水星、朝)の姿が透けて見えるが、それもまたシリーズを追ってきた私の勝手な感傷でしかない。


[撮影:鈴木竜一朗]


時間の経過は否応なく人を変えていく。かつてはおどおどとして学校にもほとんど通っていなかった(逆)おとめはローカルラジオのディレクターとして働くようになった。一方の白子はあまり変わっていないようにも見えるが、最近は同居する親の視線が気になって家出をし、学校に寝泊まりしているらしい。だが、(逆)おとめと再会した白子は突然、家を買うことを決意する。大きく変わった(逆)おとめと、その変化に触れて変わろうとする白子。生徒たちと同じように大人もまた悩み、変わっていく。

(逆)おとめの存在は生徒たちにも、いや世界にも影響を与えている。(逆)おとめが担当するラジオ番組「グッドモーニングレディオ」のヘビーリスナーである悠は、同じく番組のファンだという「友達」が、20年以上前に(逆)おとめが深夜の校舎に忍び込んで発信していた誰にも届かないかもしれないラジオ番組を好きでずっと探していたのだと言い出す。悠とともに先々週、地球を救った(!)というこの「友達」の正体は実はエイリアンなのだが、遠くから電波の波形を見ていたというエイリアンが20年以上前の(逆)おとめのラジオ番組を探していたということを踏まえれば、エイリアンが地球にやってきたのは(逆)おとめのおかげだということになる。ならば誰にも届かないかもしれなかったラジオが遠く宇宙に届き、時間を超えて地球を救ったのだ。のみならず、エイリアンはダブチと机田のコントにも3人目のメンバーとして参加することになる。


[撮影:鈴木竜一朗]


[撮影:鈴木竜一朗]


ここでは学校に通えず中退することになったかつての(逆)おとめが、そして彼女の誰に届かずとも何かを発信しようとする気持ちが強く肯定されている。もちろん、誰にも届かないことは苦しいかもしれない。ダブチと机田のコントの1回目の上演にはひとりの観客も現われず、ダブチはくじけそうになる。だが、ダブチの書いた台本は(不本意ではあるかもしれないが)母親である(逆)おとめに、そしてエイリアンに読まれ演じられることになるだろう。そして2回目の上演には何人かの観客が現われるかもしれない。自分の存在がいつ、誰に、どのように影響を与えるかは誰にもわからない。それでも、発せられた電波の波形は地球を救うかもしれない。そう思ったっていいのだ。


[撮影:鈴木竜一朗]



ロロ:http://loloweb.jp/
いつ高シリーズ:http://lolowebsite.sub.jp/ITUKOU/
いつ高シリーズvol.7『本がまくらじゃ冬眠できない』映像(STAGE BEYOND BORDERS):https://stagebb.jpf.go.jp/stage/itsukou-series-vol-7-i-cant-hibernate-with-books-as-a-pillow/


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2022/07/25(月)(山﨑健太)

カタログ&ブックス | 2022年8月1日号[近刊編]

展覧会カタログ、アートやデザインにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
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Museum of Mom’s Art 探すのをやめたときに見つかるもの

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サイズ:B5判変形、232ページ

どこにでもあって、だれからもリスペクトされることなく、作者本人もアートとはまったく思わず、売ったり買ったりもできず、しかしもらえることはよくあり、しかももらってもあまりうれしくない。ハイブロウでも、ローブロウですらない、ノーブロウの明るい衝撃。コンセプトでも反抗でもない「手を動かす純粋なよろこび」が君を微笑ませ、涙ぐませる。
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関連レビュー

Museum of Mom's Art ニッポン国おかんアート村|村田真:artscapeレビュー(2022年03月01日号)


中部美術縁起

編著:馬場駿吉
発行:風媒社
発行日:2022年6月30日
サイズ:A5判、190ページ

アートを生みだし、育んだ創造性の源はなにか。中部美術シーンをめぐるさまざまな人、出来事、そして事件から。





へそ ── 社会彫刻家基金による「社会」を彫刻する人のガイドブック

著:MOTION GALLERY
発行:MOTION GALLERY
発行日:2022年7月11日
サイズ:188×120mm、224ページ

本書には、「社会彫刻家アワード2021」の受賞者である、オルタナティブスペースコア、ボーダレスアートスペース HAP、マユンキキの3組への取材や、調査選考委員である、飯田 志保子、卯城 竜太、ヴィヴィアン佐藤の3名による選考プロセスなどを振り返った鼎談、関連するテーマへの論考などを掲載します。「社会彫刻」を定義、あるいは、解説する本ではなく、社会彫刻家の活動やそれによる社会の変化を通して、これからの社会や社会彫刻について考えていくきっかけとなる本を目指しています。
社会彫刻家基金ウェブサイト:https://socialsculptor.tokyo/





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イームズを読み解く 図面からわかった、その発想とデザイン

著:寺原芳彦
発行:誠文堂新光社
発行日:2022年7月12日
サイズ:B5判、248ページ

数々の椅子などの名品を生み出した世界的デザイナーである、チャールズ&レイ・イームズ夫妻を、既刊のイームズ関連書にはなかった切り口で紹介する本。




弘前れんが倉庫美術館 -記憶を継承する建築-

編著:馬場駿吉
発行:PIE International
発行日:2022年7月14日
サイズ:B5判変型、256ページ

弘前れんが倉庫美術館は、パリを拠点に国際的に活躍する建築家の田根剛が、日本国内で初めて設計を手掛けた美術館です。本書では、田根が取り組む「記憶を継承する建築」はどのように行われたのか、その全貌を明らかにします。






ポストコロナと現代アート 16組のアーティストが提起するビジョン

編:ポストコロナ・アーツ基金 
発行:左右社
発行日:2022年7月20日
サイズ:A5判、184ページ

コロナ禍の2021年11月に開催された展覧会「『新しい成長』の提起 ポストコロナ社会を創造するアーツプロジェクト」のコンセプトブック。 作品図版のほか、椹木野衣、藪前知子、鷲田めるろ、毛利嘉孝の論考を掲載。






活動芸術論

著者:卯城竜太
発行:イースト・プレス
発行日:2022年7月23日
サイズ:A5判、576ページ

Chim↑Pom from Smappa!Groupの元リーダー、渾身の書き下ろし40万字(単行本3冊分)!アートが育んできたラディカルさ、全ての行為・行動・活動が「アクション」であるという自覚で、私たちの日常はガラリと変わる。いまやアクション(活動芸術)あるのみ!






「特別展アリス─へんてこりん、へんてこりんな世界─」図録

編集:ケイト・ベイリー/サイモン・スレーデン
翻訳監修:高山宏
翻訳:富原まさ江
発行:玄光社
発行日:2022年7月28日
サイズ:A4変型判、224ページ

2022年7月16日より森アーツセンターギャラリーにて開催されている「アリス-へんてこりん、へんてこりんな世界-」の公式書籍。










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2022/07/29(金)(artscape編集部)

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