2017年05月15日号
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artscapeレビュー

赤鹿麻耶『風を食べる』

2012年12月15日号

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発行日:2012/11/01(木)

赤鹿麻耶は2011年にキヤノン写真新世紀でグランプリを受賞し、その出品作「風を食べる」を、今度は写真集出版を副賞にするビジュアルアーツアワード2012に応募して最優秀賞に選ばれた。本書はその受賞を期に編集・刊行された写真集(発売:赤々舎)である。
僕は森山大道、瀬戸正人、上田義彦、百々俊二とともにビジュアルアーツアワード2012の審査をしたのだが、他の出品者からは力が頭ひとつ抜けていて、ほぼ満場一致の選考結果だった。その審査評に以下のように書いた。
「『赤鹿麻耶』という名前には強烈なインパクトがある。血の色の夕陽を浴びて立ち尽くす鹿のイメージは、彼女がシャーマン的な体質であることを暗示しているように思えてならない。実際に彼女の写真を見ていると、そこで繰り広げられている、異様にテンションの高いパフォーマンスが、何か超越的な存在に捧げられた儀式のように見えてくる。写真家も、それを演じるモデルたちも、夢うつつのトランス状態のなかを漂っているのだ。危険な写真だ。そのうちに、写真を見ているわれわれも、そのシャーマニズム的な時空のなかに取り込まれてしまいそうになる」。
できあがった写真集を手に取って、この印象が基本的に間違っていなかったことを確認できた。というより、鈴木一誌・大河原哲によるゆったりとした造本によって、個々の写真に秘められていたパワーが、よりのびやかに開放されているように感じた。
大いに期待できる才能の持ち主と思っていたのだが、ちょうど東京都写真美術館で開催されていた「写真新世紀2012 東京展」(2012年10月27日~11月18日)に展示されていた赤鹿の新作「電!光!石!火!」を見て、いささかがっかりさせられた。大阪っぽい乗りの日常スナップの集積という方向性は、まったく間違っていると思う。いまは『風を食べる』の個々の写真に孕まれていた可能性を、より集中し、緊張感を保って追求していくべき時期だろう。テンションの高さを維持できないようでは困ったものだ。

2012/11/22(木)(飯沢耕太郎)

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