artscapeレビュー

田本研造写真展──函館港湾・水道工事の記録

2009年07月15日号

会期:2009/05/08~2009/06/07

photographers' gallery[東京都]

表参道のRat Hole Galleryから、新宿2丁目のphotographers' galleryへ。北島敬三も中心メンバーである、同ギャラリーでは「photographers' gallery press no.8 発売記念企画」として「田本研造写真展」が開催されていた。「photographers' gallery press」は年一回刊行されるアニュアル雑誌だが、年ごとに厚さが増し、今年の第8号は400ページに達する大冊になった。内容は、明治初期に北海道・函館に写真館を構え、開拓史の命によって道内の道路・港湾等の開発工事、建築物の竣工状況などを記録した写真師、田本研造の大特集である。大学や図書館に収蔵されているアルバムを複写した500点近い掲載写真に、大下智一、倉石信乃、土屋誠一などの力作論考を加えた、密度の濃い充実した内容は驚嘆に値する。本来なら大学や美術館がやるべき日本写真史の見直しの仕事を、一ギャラリーのスタッフたちが短期間で、手弁当でやってのけたことに対して、まずは深く敬意を払いたい。
ギャラリーには、その中にもおさめられている東京・四谷の土木学会附属土木図書館所蔵の「函館港湾・水道工事」の記録写真(撮影・1897年)が、14点展示されていた。六つ切りサイズの鶏卵紙印画を、一枚一枚「田本研造製」と記された台紙に貼ったそのたたずまいが、まさに明治期の記録写真のあり方を伝えている。あくまでも公的な記録として提示された写真群は、揺るぎないしっかりとした構図で、近代化の途上にある北海道の風景、出来事を写しとっており、見る者の居住まいを正すような緊張感を発しているのだ。だが、防波堤に砕ける波を捉えた「山背町護岸」の写真などに仄見える、写真家の感情の高ぶりや昂揚感が、魅力的な記録と表現の意識のアマルガム(混合体)を形成しているようにも思える。

2009/06/03(水)(飯沢耕太郎)

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