artscapeレビュー
写真◎柳沢信
2009年07月15日号
会期:2009/06/02~2009/06/28
JCIIフォトサロン[東京都]
柳沢信という名前を、若い世代は知らないかもしれない。1936年、東京・向島生まれ。東京写真短期大学卒業後、58年に「題名のない青春」という洒落たタイトルのシリーズでデビューするが、結核で2年間の療養生活を送る。病がようやく癒え、60年代半ばから『カメラ毎日』を中心に「二つの町の対話」(1966)、「新日本紀行」シリーズ(1968)、「片隅の光景」(1972)などを発表。タイトルが示すように、旅の途上で目に入ってきたさりげない光景を、飄々と、静かに哀感を込めて写しとったシリーズで注目を集めた。同時代の「コンポラ写真」との類縁性を指摘されることもあるが、基本的には孤立した水脈を全うした写真家といえるだろう。2008年、喉頭癌、食道癌による長い闘病生活を経て死去。写真集として『都市の軌跡』(朝日ソノラマ、1979)、『写真◎柳沢信』(書肆山田、1990)が残された。
その彼の1960~70年代の代表的なシリーズを集成したのが今回の回顧展である。高度経済成長下の騒然とした時代だったはずなのに、過度な感情移入を潔癖に拒否して、淡々と撮影されたスナップショットは、猥雑な部分が削ぎ落とされ、不思議に清澄な印象を与える。人柄があらわれているとしかいいようがない。スナップショットを通じて「写真」の広がりと深み(渋みや苦味も含めて)を探求しようとしていた求道者の面影が、しっかりと伝わってくる。カタログを兼ねた小冊子もJCIIフォトサロンから刊行されている。若い人たちにぜひ見てほしい写真群だ。
2009/06/12(金)(飯沢耕太郎)