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artscapeレビュー

新宿中村屋に咲いた文化芸術

2011年04月01日号

会期:2011/02/19~2011/04/10

新宿区立新宿歴史博物館[東京都]

明治末から大正期にかけて新宿中村屋を舞台に交友していた芸術家や文化人による作品を集めた展覧会。小規模とはいえ、見応えのある展示だった。中村屋の創業者、相馬愛蔵・黒光夫妻のもとに集っていたのは、荻原碌山(守衛)をはじめ、戸張孤雁、柳敬助、中原悌二郎、社会運動家の木下尚江、演劇の松井須磨子、秋田雨雀、そしてインドの独立運動家ラス・ビハリ・ボースやロシアの盲目詩人エロシェンコなど。展示された絵画や彫刻などは、それぞれ単体として見れば、いかにも古色蒼然とした近代美術の典型にしか見えない。ただ、それらが「中村屋サロン」という物語のなかに位置づけられることで、絵だけからは決して見えてこない一面が浮上するところがおもしろい。例えばフランスでロダンから学んだ荻原碌山は、彫刻の本質を外形の写実から内的な表現へと転回させたことで知られているが、会場のはじめに展示された《女》は黒光夫人をモデルにした彫像だという。すると、この両膝で立って天を仰ぐ彫像には黒光夫人に寄せる碌山の叶わぬ想いが凝縮されていることになり、その湿度を帯びたあまりにも重たい想いが鑑賞者にじわじわと迫ってくるのである。さらに中村屋裏のアトリエを借りて夫妻の娘俊子をモデルにして絵を描いていた中村彝は、二度にわたって俊子にプロポーズするが、夫妻の猛烈な反対にあって二度とも失敗に帰している。ところが会場に展示された新聞記事を読むと、当の俊子はその後中村屋で亡命生活を送っていたボースと結婚してインドへ渡るが、不慣れな海外生活が祟って若くして亡くなってしまったのだという。同胞の絵描きより異国の亡命活動家を選んだ相馬夫妻の真意は知るよしもないが、この物語をとおして中村彝の絵を見てみると、俊子への募る想いが透けて見えるようで、なんとも痛々しい。彝は「欲望に囚われず、感傷に堕せず、神経に乱されず、人生を貫く宿命の中に神の真意を洞察すること」(「洞察」)を芸術的な信条としていたようだが、それは裏返して言えば、彝自身がことほどかように「欲望に囚われ、感傷に堕し、神経に乱され」ていたということなのだろう。そこに「芸術家」というより、ひとりの人間の生々しいリアリティがある。時を越えて、それが私たちのもとにたしかに届くからこそ、芸術はおもしろいのだ。

2011/03/20(日)(福住廉)

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