artscapeレビュー
2014年10月01日号のレビュー/プレビュー
NIPPONパノラマ大紀行~吉田初三郎のえがいた大正・昭和~
会期:2014/07/26~2014/09/15
名古屋市博物館[愛知県]
吉田初三郎は鳥瞰図の絵師。大正から昭和にかけて全国の都市や景勝地の鳥瞰図を、およそ3,000点以上描き残した。本展は、初三郎についての研究者である小川文太郎のコレクションのなかから200点以上を厳選して展示したもの。会場には鳥瞰図のほか、観光旅行のポスターや時刻表、絵葉書など、関連する資料もあわせて発表された。鳥瞰図の鮮やかな色合いがじつに美しい。
初三郎の鳥瞰図は日本の近代化と併走していた。全国各地に鉄道が敷設され、鉄道による観光旅行が普及すると、各地で路線図と景勝地をあわせて描写した案内図の需要が高まった。初三郎の観光鳥瞰図を見ると、その対象が北は北海道から南は九州まで、文字どおり全国津々浦々に広がっていたことがわかる。初三郎の眼は、はるか上空から近代化していく日本列島を見下ろしていたのだ。
ただ、初三郎の鳥瞰図は近代絵画からは除外されてしまった。「絵画」ではなく「地図」として制度的に振り分けられたのだ。だが、よく見ると初三郎の鳥瞰図は必ずしも科学的な真正性によって描かれているわけではないことに気づく。景勝地の滝を極端に大きくデフォルメしたり、鉄道の路線をあえて一直線に単純化したり、初三郎はつねに彼の創意を工夫しながら絵に導入していたのだ。そもそも鳥瞰図という表現形式のなかにすら、必ずしも鳥の眼で見た光景を正しく反映しているわけではないという点で、想像的な次元が含まれていると言わねばなるまい。
吉田初三郎による観光鳥瞰図は単なる「地図」ではない。それらは、初三郎という類まれな絵師による、確かな表現なのだ。近代絵画が見失った、ありえたかもしれない、もうひとつの「絵画」が潜在しているのである。
2014/08/30(土)(福住廉)
浜田浄 個展 1982~1985の─鉛筆による大作「DRAWING」─
会期:2014/09/01~2014/09/13
ギャラリー川船[東京都]
浜田浄(1937-)が80年代に精力的に取り組んでいた鉛筆画を見せる個展。鉛筆の黒鉛を和紙の上に塗り込めた平面作品が20点弱、展示された。
それらはいずれも無機的で、何かの形象が描写されているわけでもなく、筆跡もまったく認めることができない。ただただ、黒い均質な画面が立ち現われているのだ。その黒い平面に、まず圧倒される。
とはいえ、その黒さは、漆の黒でもなく、墨の黒でもない、やはり鉛筆の黒なのだ。光をわずかに反射しているので硬質的に見えなくもないが、その反面、柔らかな温もりすら感じられることもある複雑な質感がおもしろい。とりわけ床置きにされた作品は、長大な2枚の和紙の両面を鉛筆で塗りつぶしたうえで、1枚の一端を丸めて重ねているため、その硬質と軟質の両極を同時に味わうことができる。
描くのではなく塗る、いや塗り込める。事実、この作品における浜田の手わざは、4Bの鉛筆で短いストロークを無限に反復させる作業をひたすら繰り返すものだった。シンプルではあるが強い身体性を伴う運動から生まれたからこそ、これほどまでに私たちの眼を奪うのだろう。絵画は、やはり身体運動の賜物なのだ。
展示のキャプションをよく見ると、近年の作品も含まれていることがわかる。つまり、浜田は70歳を超えた現在もなお、この過酷な身体運動を要求する作品に挑んでいるのだ。生きることと直結した絵画とは、まさにこのような作品を言うのではないか。
2014/09/01(月)(福住廉)
ノスタルジー&ファンタジー──現代美術の想像力とその源泉
会期:2014/05/27~2014/09/15
国立国際美術館[大阪府]
日本の現代美術家10組を「郷愁」と「空想」という二つのキーワードで紹介した展覧会。出品作家は、柄澤齊、北辻良央、小西紀行、小橋陽介、須藤由希子、棚田康司、橋爪彩、横尾忠則、山本桂輔、淀川テクニック。年代も違えばその作風もまったく異なる10人なので、「ファンタジー」はともかくとして「ノスタルジー」のキーワードでまとめられるのかと思いきや、過ぎ去った時間を懐かしむ気持ちという点で通覧すると、それぞれの個性がより際立ってくるから不思議だった。とりわけ魅入られたのは、木口木版画の第一人者としても知られる柄澤齊の非常に繊細で独特な世界・宇宙観を感じさせる作品群。そして橋爪彩による西洋絵画の古典的なモティーフを用いたスーパーリアルな現代女性のイメージ。アーティストたちがつくりだす迷宮に入り込んだように足を捉われ、惹きつけられた。[竹内有子]
2014/09/02(火)(SYNK)
絵本づくりのマイスター3人展 西巻茅子・馬場のぼる・わかやまけん
会期:2014/07/04~2014/09/04
ギャラリーA4[東京都]
西巻茅子の『わたしのワンピース』、馬場のぼるの『11ぴきのねこ』、わかやまけんの『こぐまちゃん』。本展に取り上げられている三つの絵本シリーズにはいくつかの共通点がある。いずれも1960年代から70年代にかけての第一次絵本ブームに誕生し、現在まで売れ続けているロングセラー絵本であること。いずれも作家が書いたお話に絵が添えられているのではなく、絵も物語もオリジナルな絵本としてつくられていること。そしていずれのシリーズも「こぐま社」から出版されていること。つまり、これらのこの絵本づくりの中心には、1966年にこぐま社を創設した編集者・佐藤英和氏がいる。タイトルには明示されていないが、この展覧会は絵本のつくり手を見出し、名作を生み出していった佐藤英和氏の仕事を紹介する企画であるといってよい。馬場のぼるの『11ぴきのねこ』の誕生に果たした佐藤氏の役割については以前に調べたことがあったが、「こぐまちゃん」シリーズが4人の人物──デザイナー・若山憲、劇作家・和田義臣、歌人・森比佐志、編集・佐藤英和──による「集団制作」であることは今回初めて知った。絵本づくりに編集者がはたしてきた役割はとても大きいにもかかわらず、絵本の展覧会は子ども(と、その親)向けの企画が多く、作家やその創作活動、原画の展示が中心になってしまい、編集者にまでスポットライトが当てられることは稀である。夏休み中に開催されたこの展覧会は子どもが楽しめる構成になっていながらも、編集者と画家・作家の絵本づくりにかけた情熱をも伝える優れた企画であった。[新川徳彦]
関連レビュー
2014/09/02(火)(SYNK)
生誕130年 川瀬巴水展──郷愁の日本風景
会期:2014/07/19~2014/09/07
川越市立美術館[埼玉県]
2013年11月26日に千葉市美術館で始まった「生誕130年 川瀬巴水展 ──郷愁の日本風景」。5箇所目の巡回先が川越市立美術館である。平日の午後であったが多くの鑑賞者が訪れ、作品に見入っていた。NHK『日曜美術館』で紹介された効果は大きいという。じっさい、筆者が作品を見ている近くで『日曜美術館』の番組について語っている会話が聞こえてきた。千葉市美術館での川瀬巴水展を紹介する番組が放映されたのは半年以上前、昨年12月のことであるから「スティーブ・ジョブズが愛した版画家」という紹介のされかたが大きなインパクトを与えたことは間違いない。もちろん巴水の描いた古き日本の風景、モチーフとなった夜景や雨、雪の景色、構図、色彩などの優れた表現、それが木版画という手法によって行なわれたという驚きが人々の心に訴えたからこそ、番組を見た人たちが美術館まで足を運んでいるのだろう。小江戸・川越の蔵づくりの街並みを抜けて見に行く川瀬巴水展は、ことさらに趣深いものだった。[新川徳彦]
関連レビュー
2014/09/04(木)(SYNK)