artscapeレビュー
2009年06月15日号のレビュー/プレビュー
栗田咲子「インストール」
会期:2009/05/19~2009/06/07
ギャラリーモーニング[京都府]
オープンしたばかりのギャラリーモーニングで栗田咲子の個展。展示された新作は3点だが、《川中鳥の朝ごはん》など、あいかわらず言葉遊びのような微妙なタイトルが想像を掻き立てて、絵とともに記憶に焼きついてしまうインパクト。会場の外から見ることができる初期の作品はオーナーのコレクションだった。展示点数は少ないが、ドローイング作品を含め、旧作から最新作まで栗田の作品世界をちょっとずつ楽しめる個展だった。
2009/05/24(日)(酒井千穂)
坂牛卓『建築の規則──現代建築を創り・読み解く可能性』
発行所:ナカニシヤ出版
発行日:2008年6月19日
坂牛卓さんに直接お会いするしばらく前に、南泰裕さんからいただいた。実は読み始めるまでは、タイトルの重さと目次の厳格さに、ちょっと恐れをなしてしまい、なかなか手がつけられなかった。構成が厳密であるほど、全体性を想像しながら読む必要があるので、なかなかその心構えができなかったのだ。しかし実際のところ、本書はふと読み始めてみると、意外なほど読みやすい本であることが分かってきた。それほど部分と全体との関係性を深く考えずとも読み進めていける。いってみれば、ビッグネスの論理のように、形式と内容が厳密には対応していない。しかし、そのことによって多くの解読口が、外部へと開かれているというオープンな本なのである。
本書は坂牛氏の博士論文をベースにしているが、その構造はワインのテイスティングに発想を得ているようだ。建築とワインというと、かなり距離があるようだけれども、ワインには「甘い・辛い」「重い・軽い」といったようなモノサシが多様にあり、そのどちらの価値が高いわけではない。その評価方法は建築とも共通性があるという。ワインの指標と同じように、建築から9つの設計指標を抽出し、それが坂牛氏のいう9つの「建築の規則」となっている。だから9つの規則のどこから読み始めてもよいし、各々は独立していて他の部分を読まなければ理解できないというわけではない。もちろん本書は簡単な本ではない。坂牛氏の長年の探求の蓄積が高密度に展開されており、初学者でなくとも読み進めるのが難しい部分も多くあるだろう。しかし、そんなことを気にせずどんどん飛ばしていっても読める本なのである。個別のどの章や節から読み始めても、そこから多くの知見を得られる。いってみれば線的に読むよりも平面的に読むことを要求しているような本であり、テキストの構造としても興味深い。
2009/05/24(日)(松田達)
放課後の展覧会
会期:2009/05/23~2009/05/31
元立誠小学校[京都府]
キュレーター主導によるものではなく、アーティストが主体となって企画・運営された展覧会。元小学校の校舎という会場の特性を踏まえ、発起人である作家の木内貴志が声をかけた11名の参加作家が放課後をテーマに作品を展示した。初日のオープニングイベントをはじめ、会期中にはほぼ毎日「放課後居残り補習授業」と題した出品作家による日替わりのワークショップやトークショーなども開催。作家たちが集って運営開催する展覧会というと、内輪のノリになりやすかったり、そうでなければ、それぞれの作家のモチベーションやその温度差が目についてしまうものもあるのだが、今展は総じて充実した内容で、各々の努力の成果がうかがえるものだった。図書室で本によるインスタレーションを発表していた宮永甲太郎をはじめ、森田麻祐子、木藤純子、笹倉洋平らの作品は特に、学校空間や放課後というイメージとともに、嗅覚や視覚、聴覚などの身体的な記憶も遡らせていく。夕暮れ時に訪れたのは良かった。
放課後の展覧会:http://houkagoten.org/
2009/05/24(日)、2009/05/27(水)(酒井千穂)
『アルゴリズミック・デザイン──建築・都市の新しい設計手法』
発行所:鹿島出版会
発行日:2009年3月30日
日本建築学会において、建築家、計画・構造分野の研究者が集まってできた、アルゴリズミック・デザインに関する本。『10+1』No.48のアルゴリズム特集が批評的にアルゴリズムを追っているのに対して、こちらはアルゴリズムの技術的な側面により焦点を当てている。そもそも「アルゴリズム」は、まだ建築界では生まれて間もない言葉。しかし、本書では過去にさかのぼって、さまざまな建築作品や研究成果をアルゴリズムというキーワードのもとに星座のように再配置する(五十嵐太郎)。
渡辺誠、磯崎新、伊東豊雄、また若手では石上純也、松川昌平らの作品がアルゴリズムという観点から説明される。しかし本書が特に興味深いのは、作品紹介をするだけではなく、今後、建築や都市に適用可能なアルゴリズム関連の技術を紹介している点だと思われる。セルオートマトン、カオス、フラクタル、自己組織化など複雑系科学から感性工学にいたるまで、新しい研究の可能性が紹介される。すなわち表面的なデザインのための道具ではなく、建築や都市を考える新しい思考の枠組みの新しい段階としてアルゴリズムを示しているという意味で、本書の射程は非常に長い。項目一つひとつは数ページで読みやすく、数々のヒントが隠されている。
2009/05/28(木)(松田達)
秦雅則・エグチマサル「破壊する白と創造する黒」
会期:2009/05/26~2009/06/07
企画ギャラリー・明るい部屋[東京都]
四谷三丁目に4月にオープンした「企画ギャラリー・明るい部屋」は、昨年「遊び言葉」で写真新世紀グランプリを受賞した秦雅則を中心とする同人制の自主ギャラリーである。今回はやはり写真新世紀で2年続けて佳作となり、個展も開催して注目を集めているエグチマサルとの二人展。二人ともプリントに着色したり、コラージュしたりする作風なので親和度が高く、なかなか充実した気持ちのよい展示だった。
互いのヌードを撮影したモノクロ写真、各9枚を加工した展示がメイン。それに「死生観」をテーマに二人のアトリエを6回往復して制作したという、B全2枚分の大きな「共同作品が」壁に直接釘で打ち付けられている。一見荒々しく、生っぽいエネルギーを剥き出しにしているだけに見えて、二人ともかなり繊細に画面をコントロールしている様子がうかがえる。純粋に「写真」を志向することを金科玉条とする人たちにとっては、あまりにも雑駁で強引すぎるように見えるかもしれないが、秦もエグチもあくまで写真家としての原点から出発し、その可能性の幅をどれだけ伸ばせるかを模索しているのだろう。こういう「叫び」系の作品が出てくる要素が、実は若い写真家たちのなかにかなり色濃く共有されているのではないかとも思える。
2009/05/29(金)(飯沢耕太郎)