2017年12月15日号
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artscapeレビュー

杉本博司 ロスト・ヒューマン

2016年10月15日号

会期:2016/09/03~2016/11/13

東京都写真美術館[東京都]

2年間の休館を経て、東京都写真美術館がリニューアル・オープンした。英語の名称がTokyo Metropolitan Museum of PhotographyからTokyo Photographic Art Museum(TOP MUSEUM)に替わった。エレベーターが2台に増え、展示室も改装され、より快適な環境での作品鑑賞が期待できそうだ。そのこけら落としとして2階展示室、3階展示室で開催されたのが杉本博司の「ロスト・ヒューマン」展(地下1階展示室では「世界報道写真展2016」を開催)。リニューアル・オープン展以外にはまず考えられない予算と時間をかけて、凝りに凝った大規模展を実現した。
3階展示室の「今日 世界は死んだ もしかすると昨日かもしれない」は、2014年にパリのパレ・ド・トーキョーで開催された同名の展覧会をバージョン・アップしたものである。「理想主義者」、「比較宗教学者」、「養蜂家」から「国土交通省都市計画担当官」、「自由主義者」、「コメディアン」に至る、世界の終わりを記述した33のテキストにあわせて、トタン張りの小室をしつらえ、そこにさまざまな収集品、書籍、歴史資料、自作の写真作品などを配置している。質の高いコレクションとよく練り上げられたインスタレーションは圧巻であり、「漁師」のパートに展示された「歌い踊るロブスター」や、マルセル・デュシャンの「遺作」を意識した「ラブドール・アンジェ」の部屋など、絶妙な諧謔味もまぶされている。視覚的なエンターテインメントの展示として、上々の出来映えといえる。
2階展示室の「廃墟劇場」、「仏の海」では、一転して写真のテクニックの極致というべき作品を見せる。「廃墟劇場」は杉本の代表作である上映中の映画館のスクリーンを長時間露光で白く飛ばして撮影した「劇場」シリーズの延長上にある作品である。見捨てられて廃墟になった映画館で撮影するというコンセプトは、3階展示室のインスタレーションと呼応している。「仏の海」は京都・三十三間堂の千手観音像を、早朝の自然光で撮影した写真群で、8×10インチカメラの緻密な描写力で「荘厳の内に西方浄土が顕現する」瞬間を写し止めている。
これらの展示を見て、どうしても考えてしまったのは、写真美術館、そして写真という媒体が、この先どうなっていくのかということだ。リニューアル・オープン展には、今後の写真美術館の方向性が、メッセージとして託されていると考えるのは当然だろう。杉本の「今日 世界は死んだ もしかすると昨日かもしれない」は、もはやコントロール不可能な現実世界(仮想現実も含めて)に撮影という行為を通じてかかわり、そこから新たなヴィジョンを引き出してくる「写真」の営みからは遠く隔たったものだ。それは彼の内なる構想(むしろ「妄想」)を、手際よく組み上げたインスタレーションであり、観客は杉本の掌の上を連れ回され、目の前に繰り広げられる仮想的現実に驚嘆することを強いられる。先に述べたように、展示の出来映えは見事なものだが、それは「写真のこと」ではないだろう。東京都現代美術館や国立国際美術館ではなく、東京都写真美術館がリニューアル展示として開催するのにふさわしい企画であったのかという点については、疑問を呈しておきたい。

2016/09/02(金)(飯沢耕太郎)

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