artscapeレビュー

秦雅則『鏡と心中』

2016年10月15日号

発行所:一ツ目

発行日:2016/08/09

2008年にキヤノン写真新世紀でグランプリを受賞し、2009~11年に東京・四谷で「企画ギャラリー・明るい部屋」を運営していた頃の秦雅則は、次々に溢れ出していく構想を形にしていく、すこぶる生産的な活動を展開していた。このところ、やや動きが鈍っているのではないかと思っていたら、いきなりハードカバーの写真集が刊行された。これまで、ZINEに類する小冊子はつくっていたが、本格的な写真集としては本書が最初のものになる。
ただ、『鏡と心中』というタイトルの本は、すでに2012年のartdishでの個展「人間にはつかえない言葉」に際して刊行されている。そのときには、写真は口絵ページに12枚ほどおさめられていただけで、「夢日記」のような体裁の文章ページが大部分だった。今回は、いわば写真集判の『鏡と心中』であり、写真図版は72枚という大冊に仕上がっていた。
写っているのは身近な片隅の風景であり、花や植物、小動物、杭や土管などを、しっかりと凝視して、スクエアの画面におさめている。かつての性的なイメージを再構築した破天荒なコラージュ作品とはかなり趣が違う。むしろ静まりかえったスタティックな印象を与える写真群だが、画像の一部に黒々と腐食したような空白が顔を覗かせている写真が目につく。おそらく、フィルムを放置することで生じた傷や染みだろう。それらが現実の風景を、風化していく記憶や、忘れかけた夢に似た感触に変質させている。丁寧につくられたいい写真集だが、秦にはもっと「暴れて」ほしいという気持ちも抑えきれない。次作は真逆の、ノイズや企みが満載の写真集を出してほしいものだ。

2016/09/27(火)(飯沢耕太郎)

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