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artscapeレビュー

公文健太郎「耕す人」

2016年10月15日号

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会期:2016/08/25~2016/10/11

キヤノンギャラリーS[東京都]

公文健太郎は1981年、兵庫県生まれのドキュメンタリー写真家。1999年にネパールを訪れて以来、ブラジルやセネガルなどにも長期滞在し、被写体になる人々との個人的な関係に根ざしたドキュメンタリーのあり方を模索してきた。今回キヤノンギャラリーSで開催された「耕す人」では、一転して北海道から沖縄八重山諸島まで、各地の農家を訪ね歩いて撮影を続けた。ブラジルの日系人農家まで足を伸ばしたのだという。2013~15年にかけて撮影された本シリーズから浮かび上がってくるのは、後継者に悩み、TPP参加の問題に翻弄される現代の農家の暮らしぶりであり、日本の農業環境のドラスティックな変化(むしろ解体、崩壊)の様相だった。公文の撮り方は決して肩肘張ったものではなく、軽やかなスナップ写真のスタイルだが、農業を取り巻く現場の危機的な状況は切々と伝わってくる。作業中の農民たちの「身振り」を抽出する視点の取り方も、とてもうまくいっていた。
気になったのは写真展示のインスタレーションである。会場は観客同士が知らずにぶつかりそうになるほど暗く、小さめの写真が壁にほぼ一列に並んでスポットライトで照らし出されている。プリント自体もやや暗めなので、画像の細部の情報を読み取るのはとてもむずかしい。しかも展示の総数は181枚とかなり多く、一点一点に目を凝らしながら会場を巡っていくのは、観客にかなりの負担を強いることになる。また、写真にはキャプションがないので、それがどこでどのように撮られたかは画面から想像するしかない。
公文は従来のドキュメンタリー写真とは一線を画した“表現”志向の強い展示を試みた。それは結果的にはうまくいかなかった。だが、僕はむしろこの失敗をポジティブに考えたい。今回は展示に過剰なバイアスがかかってしまったが、それをうまくコントロールできれば、写真による視覚伝達の新たな方向性が見えてくるのではないだろうか。なお、展覧会にあわせて平凡社から同名の写真集が刊行された。

2016/09/07(水)(飯沢耕太郎)

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