2018年04月15日号
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artscapeレビュー

2017年02月15日号のレビュー/プレビュー

アピチャッポン・ウィーラセタクン 亡霊たち

会期:2016/11/22~2017/01/29

東京都写真美術館[東京都]

地下をブラックボックスにしつつ映像と空間を体験させる映像インスタレーションだった。そのイメージは美しく、クオリティは高いけど、説明がないと、作品の意味に到達するのは難しい。

2017/01/06(金)(五十嵐太郎)

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総合開館20周年記念 TOPコレクション 東京・TOKYO

会期:2016/11/22~2017/01/29

東京都写真美術館[東京都]

コレクションから東京を切り取った写真を街角、路地裏、エアポケット、サバービアなどのテーマ別に紹介する。20年以上古い作品になると、かつての風景が失われ、写真家の手法や視点の面白さとは別に、その当時を記録したドキュメント的な価値が追加されるのが興味深い。

2017/01/06(金)(五十嵐太郎)

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小山泰介個展「Generated X」

会期:2017/01/06~2017/02/26

G/P gallery[東京都]

恵比寿のナディフへ。小山泰介「Generated X」は、変わらずメディアと視覚の前線を探る。超拡大、垂れ下がるロール、デジタル加工、しわくちゃセロハンとスキャナー×スキャナー、カメラの絞りが生む九角形の光など、もはや写真と呼んでよいのか? という鮮烈なイメージ群を提示する。

2017/01/06(金)(五十嵐太郎)

『植田正治作品集』

発行:河出書房新社

発行日:2016/12/30

植田正治のような、長い期間にわたって活動した写真家の作品を一冊の写真集にまとめるのは、簡単なようでなかなかむずかしい。ページ数の制約もあるし、どの作品を選ぶのか、年代順にするのか、テーマ別に構成するのかで、写真の見え方がまったく違ってしまうからだ。
筆者と金子隆一が監修して、5年あまりの編集作業を経てようやく完成した本書でも、そのことが大きな問題になった。そこで、植田の生涯を網羅する「決定版作品集」という目標を達成するために考えたのは、彼の作品を初出の雑誌掲載の時点から見直して決めていくことだった。そのことには大きな意味がある。これまで植田の展覧会は何度も開催され、その度にカタログが刊行されてきた。単独の写真集の発行点数もかなり多い。だが、そのほとんどは植田正治写真美術館などに収蔵されている現存のプリントを元にしたものだ。ところが、植田はプリントするたびにトリミングを平気で変えてしまうことがあり、ネガやプリント自体が残っていない場合も多い。また、1960~70年代に発表されたカラー作品は、フィルムが劣化して再プリントが不可能になっている。彼が雑誌に発表した写真のトリミングやレイアウトを基準として掲載作品を決定することによって、これまでの写真集やカタログからは漏れていた作品を、取り上げることが可能になった。特に《霧の旅》(1974)、《遠い日》(1975)、《晩夏》(1977)など、この時期精力的に発表されていたカラー作品(初出の雑誌からの複写)は、植田の写真家としての軌跡に新たな1ページを付け加えるものといえる。
ほかにも、新たな発見や見直しを迫る作品が多数収録されている。植田正治の作品世界を検証するための足がかりになる一冊が形になったことで、今後の調査・研究の進展が期待できる。また、雑誌の初出から当たるという今回の編集方針は、1970年代以前においてはカメラ雑誌での掲載が日本の写真家たちの最終的な発表の手段になっていたことを考えると、とても有効な方法だと思う。同じやり方で、植田と同世代、あるいはやや下の世代の写真家たちの作品集を編むこともできるのではないだろうか。

2017/01/07(土)(飯沢耕太郎)

小山泰介個展「Generated X」

会期:2017/01/06~2017/02/26

G/P gallery[東京都]

小山泰介の作品は、このところより抽象化の度合いを強めている。今回のG/P galleryでの個展には、近作の《PICO》(2015)、《LIGHT FIELD》(2015)、《VESSEL-XYZXY》(2016)、《NONAGON PHOTON(LML15)》(2015)の4作品が展示されていた。どれもフラットベッドスキャナー、ハンドスキャナー、デジタルハンディ顕微鏡、インクジェットプリンターなどで画像の変換を繰り返しつつ出力して作り込んだ作品である。
例えば、メインの会場で展示されていた《PICO》は、「複数のデジタルデバイスを用いて写真プリントとデジタルデータ双方にアプローチすることによって、デジタル環境において無限に抽出可能となった色やテクスチャーなどの情報から新たなイメージを生成することを試みた」ものだ。具体的には旧作の《RAINBOW FORM》のイメージから、単色の部分のピクセルを1500倍に拡大し、長さ6メートルのロール紙にプリントして天井から吊り下げている。ほとんど巨大なカラーチャートという趣で、これまでの小山の作品と比較しても、その抽象度はほぼ極限近くにまで達していた。デジタル環境を再利用した「イメージ生成」の試みには、小山に限らずいろいろなアプローチが見られるが、まずはここまで徹底してやりきったことを評価するべきだろう。
ただ、その画像の表面に「デジタル現像ソフトの粒子効果」によるノイズめいた視覚効果が施されているのはどうかと思う。写真作品としてのアイデンティティーを保つためのアリバイづくりに見えかねないからだ。また、このような手法優先の作品にありがちなのだが、仕掛けがあからさま過ぎて、見続ける意欲を減退させてしまう。《RAINBOW FORM》や《NONAGON PHOTON》のような、象徴レベルに作用する映像の喚起力が失われてしまうと、概念操作のみが肥大化した薄味の作品になってしまうということだ。むしろ、同時に展示されていた、同作品の画像を、モニター上にスライドショーとしてアトランダムに映し出す《PICO-INFINITY》のほうに可能性を感じた。

2017/01/07(土)(飯沢耕太郎)

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