artscapeレビュー
森山大道「オン・ザ・ロード」
2011年08月15日号
会期:2011/06/28~2011/09/19
国立国際美術館[大阪府]
森山大道のような長いキャリアと高い知名度のアーティストの回顧展を開催する時には、大きく分けて二つのやり方があると思う。ひとつは順を追って、クロノジカルに代表作を並べていくオーソドックスな展示、もうひとつはむしろ積極的に作家の作品世界を解体=構築し、新たな解釈を打ち出していくやり方だ。前者は無難だが見慣れた眺めを見せられるだけになりがちだし、後者はその作家をずっとフォローしている観客にとっては新鮮味があるが、初めて見る者にとっては混乱をもたらすことになる。つまりどちらも一長一短があるわけで、両方の可能性をバランスよく追求していくキュレーションが必要になるということだ。
今回の森山大道展に関していえば、そのバランスがかなりうまくいっているように感じた。観客はまず「東京」と題する、大伸ばしのデジタル・カラープリントがぎっしりと隙間なく並ぶ部屋に導かれる。このシリーズは森山の最新作であり、いきなりこの写真家の表現の生々しい「現在形」が突きつけられるのだ。さらに「ブエノスアイレス ハワイ 記録」「新宿」と2000年代以降の作品が並ぶ部屋が続く。照明は暗く落とされ、作品の一点一点がスポットライトに照らし出されて白熱した光を発しているように見える。そしてそこから先はやや小さく区切られたスペースに、1968年のデビュー写真集『にっぽん劇場写真帖』から始まって、『狩人』『写真よさようなら』『遠野物語』『続にっぽん劇場写真帖』『光と影』『仲治への旅』『サン・ルゥへの手紙』『Daido hysteric』『COLOR』と主要な写真集の掲載作が並んでいる。つまり、現在の森山大道の写真家としての営みをクローズアップして見せるパートと、クロノジカルに表現の変化を追うパートとを組み合わせることで、この写真家に特有の「路上」における眼差しや身振りのあり方が、立体的に浮かび上がってくるように仕組まれているのだ。
強く感じたのは、森山の写真が与えてくれる「そこに何ものかが生成しつつある」という独特のドライブ感である。どの写真を見ても、画面のあらゆる細部から、震え、うごめき、うねり、伸び縮みする生命力の波動が伝わってくる。そのアニミスム的なエネルギーの放出のあり方は1960年代の初期作品でも、最新作の「東京」シリーズでもまったく変わらない。「路上」は彼にとって、あらゆる生命の母胎となる大いなる混沌なのだ。
2011/07/10(日)(飯沢耕太郎)